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2011年12月16日

心を亡くすほどに忙しい師走、子育て中のお母さんたちへ


2011.05.30 和泉川 カルガモ 親子(1+11)


世の中に思ひあれども
子を恋ふる思ひに
まさる思ひなきかな。


紀貫之







忙殺という言葉があります。殺人的な忙しさ、非常に忙しいということです。
年の瀬も迫ってきて、師も走るから師走と言われるように、年内にしておかなければならないことが多くて、皆さんお忙しい日々をお過ごしではないでしょうか。

私は最近は少し余裕があるのですが、数年前までは、忙しすぎてなんとか一日一日を過ごしていました。小さい子どもを抱えた、子育て中のお母さんたちの忙しさは並のものではありませんね。

あまりに余裕がなくて、ちょっとの時間が惜しいのです。実家の両親に電話したり、手紙を書いたりもできませんでした。とても話がしたいのですが、母は話すと長くなりますから、それが怖くて余裕がなくてできない、そんな繰り返しでした。

ある時、なんでそういう時間も惜しむくらい時間がないんだろうか、とふと思ったんですね。
時間は作るもの、と言いますが、限界状態の中で、更に睡眠時間を削って子どもの学校や保育園で特別に準備するものなどに時間を割いていましたから、それ以上は作れない、と思っていたんですね。

子育て中のお母さんは、いつも「忙しい」と日々追われるように生活しがちです。
忙しいという漢字は「心」を「亡くす」と書きますが、本当にそういう状態になることがあるんだと、私は身を持って体験したわけです。

さて、米の研究で、専業主婦、フルタイム勤務よりパートタイマーの母親がより健康で、ウツ状態も少ないという研究結果が出たそうです。

確かに、仕事に出るということは、家庭を離れ、子どもからも一旦離れて、心を切り替える時間が持てますから、専業主婦よりもいい部分があるようです。
また何より、フルタイムの場合よりも時間の余裕があります。子どもへの関わりも適度に持てるというわけです。いいとこ取りですね。
保育園に子どもを預けるお母さんを見ていても、行事などの時は欠かさず参加したり、子どものための時間を作りつつ、仕事も頑張っている人が多いように見受けられます。

以前は、「小さい子どもは、お母さんがずっと見ていてあげるのがいい、そうでないと子どもがかわいそう。せめて3歳までは」そんな意見が多かったようです。
私も姑などにやんわり言われて、多少気が咎めたものでしたが、決してそんなことはない、と心に言い聞かせて、フルタイムで働いていました。

離れて暮らすとなると、子どもの心に大きな影響を及ぼすようですが、一緒に暮らしている限り、親が仕事をしていることは子どもの精神や親子関係に支障を与えないし、むしろ働いている親の子どもの方が、安定していて、親への理解や尊敬心が高いという米国の研究結果も出ていたはずです。以前テレビで見た時には、忙殺状態の日々の中、大いに慰められました。

子どもを毎朝預ける時には、嫌がって泣くこともあります。まるで永遠に別れるかのように泣かれると、身を切られるような思いになったりもします。そうやってようやく「バイバイ」をして、お迎えにいくと、笑顔で飛びついてきてくれる。「一日ご機嫌で過ごしていましたよ」なんて報告も受けて安心する。毎日のこんな別れと出会いが、保育園の送り迎えに繰り返されるわけです。

この感動的な別れと再会の繰り返しが、親子関係にはいいんだな、と思います。
そして、子どもは「お母さんは大切なお仕事をしている」と、外の見えない母の姿を思って尊敬心を持つ。
母親は、子育てのストレスを仕事で発散し、仕事のストレスは子どもの笑顔で慰められる。これが、いい親子関係を作ることにもつながると思います。

もちろん、専業主婦でもよい子育てをされている方は大勢おられるでしょう。私は尊敬します。


今日もいい一日を

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2011年12月15日

今年の漢字「絆」は、「祈り」から生まれた?!手と手を合わせる大切さ


2011.11.20 病院 王子さまの手


人は他人のために存在する。
何よりもまず、
その人の笑顔や喜びが
そのまま自分の幸せである人たちのために。
そして、共感という絆で結ばれている
無数にいる見知らぬ人たちのために。


アルベルト・アインシュタイン







マラドーナ氏の母が死去
国際ニュースAFPBB◇


タイム誌が選ぶ今年の人には、個人の候補者を抑えて、革命の年にふさわしく「プロテスター(抗議する人)」が選ばれたとのこと。

では今年の日本を表すとしたら何でしょうか。
「絆」が今年の漢字に選ばれました。これは正しく今年にふさわしい言葉だと思います。時々あまりいい漢字じゃないものが選ばれていましたが、今年は未曾有の大災害が起こったにも関わらず、だからこそ、選ばれた字だったんでしょう。

漢字というのは一文字で、とても大きな意味を含むものです。
「絆」というのは糸へんに半分の半と書きます。半分と半分を糸でつなぎ合わせるようなそんなイメージですね。
もともとは束縛のような意味があったようですが、今はいい意味でのみ使われる言葉ではないでしょうか。見えない糸で結ばれたような切っても切っても切れない確かな絆というのを、私たちは求めているんでしょう。

そして、なでしこジャパンに見られたような強いチームワークの絆があるところには、自分の役目を果たしきって動くことができ、何かとてつもないことが起こることも教えてくれました。
一人では半分にしかすぎない私たちが、その手と手をつなぐとき、何かしら強い力が生まれるようです。

「絆」と一緒に、私が今年を考えた時に浮かぶのは「祈」です。
PRAYER for JAPAN、日本のための祈りを世界中の人たちが捧げてくれました。これだけ、世界中の人が日本に注目し、真剣な祈りを向けてくれたことはかつてなかったことでしょう。
「絆」が手と手を結ぶイメージだとすると、「祈」は手と手を合わせるイメージですね。
離れていても人のために祈ることは、強い「絆」を生むような気がします。何もできないけれど、祈らずにはいられない、そんな思いが合わさった時、そこには絆が生まれるし、具体的に手をつなぐことのない相手だったとしたら、自分の代わりに、その人に助け手を送るのが祈りの力だと思っています。



1b0030681_11562422.jpg


今日はアルブレヒト・デューラーの「祈りの手」(上の写真)という絵にまつわる感動的なお話を紹介しようと思っていたのです。こんなような。↓

デューラーは貧しい画家志望の若者でした。
同じく画家を志す友人が、自分を犠牲にして働き、
デューラーが世に出るのを助けたということです。
デューラーが勉強を終えたら、今度は
友人と交替するという約束でした。
その勉強は簡単には終わらず、友人は
その間ずっと支えてくれました。
しかし、ようやく彼が故郷に戻ると、
その友人の手は、激しい労働のせいで
絵筆を持てなくなっていました。
デューラーは自責の念に駆られますが、
ある時友人の家を訪ねると、彼は
自分のことを恨むどころか、祈ってくれていました。
彼の成功と、そして自分のために苦しまないようにと。
デューラーは感動し、
描いた友人の絵が
「祈りの手」である、ということです。

http://mugikiri.exblog.jp/16811250/

また他に伝わるものとしては、相手は友人ではなく弟であり、デューラーが賭けに勝ち先に勉強に行ったという話もあります。
真相が気になりちょっと調べたら、どうも最初の話の信憑性は怪しくなりました。
デューラーは、まず、家も裕福だったと思われるのです。若い頃に名を上げた画家ですが、名が出る前は放浪の旅に出ていて、かなり自由きままにやったのではないかと推察されてしまうのです。

素晴らしい「祈りの手」が生んだ物語。事実でないと知ってしまったことは残念ではありますが、少しだけどこかに事実は混じっているのかもしれませんし、デューラーではなかったとしても、きっと同じような話が現実にあったに違いないと考えることにしたいと思います。


手は一つでは半分にしか過ぎません。
手と手を合わせること、人の手と手を合わせる前に、自分の手と手を合わせて祈ること。絆というのは、祈り合う関係の中に自然に生まれてきます。祈り合う中で、さらに強い絆となります。
握ろうとしてもなかなか手を握れない時にも、純粋にその人のために祈ってあげる。離れた人のためにも。
二つの手を合わせる祈りは、その両の手を翼に変えます。祈りはただの目に見えた関係性だけではなく、羽がはえたように、人を羽ばたかせてくれ、見えない糸をからめ、手を結ぶんでくれるものであると思っています。


今日もいい一日を

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2011年12月14日

「英兵たちのクリスマス」マライヤ・キャリー?! 日米韓中《何かと物騒な防衛関係ニュース》


2011.11.27 有楽町 赤い電飾ツリー


戦争は決して
地震や津波のような天変地異ではない。
何の音沙汰もなく
突然やってくるものではない。


石川啄木










そもそも、なんで日本が米国から戦闘機を買うの?と疑問を持たれた方はおられるでしょうか。アメリカの戦闘機がクールだ(いけてる)からでしょうか。

日本はいつからか誰だったかが自国で戦闘機などを調達できないような法律を作ってしまったようで(!!!)、なぜか米国の戦闘機を輸入しなければならないという、なんだかバカらしいことになっているみたいです。
軍需産業で今の日本経済の発展があったのは自明のことなのに、そして優秀な技術があることも確かなのに…。日本が不況なのは、このせいもあったのかなぁと。アメリカはありがたい存在ですが、日本を縛るものも多い。TPPが通るようになればもっと大変でしょうね…。

これってやはり、自衛権しかない自衛隊だからでしょうか???「戦争反対!」の美名の下に、こうやって自由が奪われていくってことでしょうか。
それでも、低い防衛費の中、戦闘機も新しくして、国防にも備えてほしいと願っています。


韓国の海洋警官が中国漁船員に殺害されたという衝撃のニュースが起こり、近海での緊張が高まっている感があります。
韓国は北朝鮮からは、クリスマスイルミネーションにすら、報復の警告を受けているし、これは前年にもあったことですが…。


さて、防衛にはクリスマス休暇があるのか…。
イギリス海軍の兵士たちが家族に送るために作った動画が大ヒットしているようです。諸事情で予定が変わり、彼らは家族と共にクリスマスを過ごせることになりそうなのだそうですが。動画とは関係がないにしても、この動画の効果かなぁと感じてしまいました。

マライヤ・キャリーの「恋人たちのクリスマス」にのせて、英兵たちが踊りまくってます。なんだかHappyになれる動画なんです。↓ どうぞ。



クリスマスも年越しも、昔なら兵隊さんのお陰、と言ったのでしょうが、戦後そういうのは一切なくなってしまいました。とはいえ、こういうところで守っておられる人たちもいるんだ、ということは覚えていたいです。


今日もいい一日を

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