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2011年09月18日

78歳が小学校入学?!ローマ時代の大規模遺跡が来年には見られる?!など《ブルガリアのニュース》


7385439ブルガリア by サップ.jpg


今が楽しい。
今がありがたい。
今が喜びである。
それが慣習となり、
天性となるような生き方こそ最高です。


平沢興







住めば都といいますが、その如くの国でした。(難ありの部分をあげたらキリがないけれど、愛すべき国になりました。)
私の思い出の中のブルガリアと、変わったとは聞いていますが、基本的にはきっとあまり変わっていないと思っていました。

…しかし、2番目のローマの遺跡は驚きです。
その昔ブルガリアはローマ帝国の支配下にありました。地方にはローマのコロッセオ風の小劇場も残っています。
首都ソフィアで大規模な遺跡が見つかり、それが博物館になり、さらに「欧州で最も美しい最新の地下鉄駅」ができるということ!…行ってみたくなってしまいますね。

最初にあげた78歳のおじいちゃんが小学校へ入学というニュースは、以前にアフリカのおばあちゃんの記事をあげましたが、とても微笑ましいものですね。
ブルガリアは長寿国でもありますし、お年寄りが元気なんですね。ヨーグルトのお陰かもしれませんが、野菜も果物も豊富で、とっても安いですから。
そろそろぶどうの季節。毎日ふんだんに食べられますよ。

もうひとつは伝統的なお祭りのニュース。
この記事はちょうど一年前のものですが、民族衣装姿っていいですね。音楽も踊りも。他の写真も見てください。

住めば都というけれど、一度生活して自分の街になった場所というのは、何年たっても、故郷のように懐かしいものですね。
人を愛するのと同じで、自分の生まれ育った以外の地というのは、違いをあげたらキリがありません。
私は現地の人たちと同じような生活をしていたので、よけいに感じるのかもしれませんが、いいところもありますが、実は欠点もたくさんあるのです。日本のように豊かで便利な所に住んでいた者からの視線で見れば、暮らしにくい点はたくさんありましたが、それはそれです。
ただの旅行だと、ちょっと感じにくい部分もあるかもしれません。
いずれにしても、おんなじ人間ですから、同じ空気に触れ、同じ水と食物を食べ、ちょっと片言で挨拶ができれば、通じ合えるものもたくさんあるものです。


今日袖触れ合う人と、よい挨拶よい触れ合いができますように。。。
今日もいい一日を
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写真は:ブルガリア by サップさん
「写真素材 フォトライブラリー」からダウンロードしました
無断転用はご容赦願います

平沢興:医学者、京都大学総長



ラベル:ブルガリア
posted by kuri-ma at 10:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界の国々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月17日

地球が青いのはなぜ?夕焼けが赤い理由は?私が生まれてきた意味とは?!《宇宙特集》

この記事を再編集しました → こちらをどうぞ

ダイヤモンドはどこに。









この宇宙を見て、地球を、そして私たち人間のことをどう思いますか?

私はよくミクロの世界とマクロの世界の共通性を感じて、不思議な思いになることがあります。
人間を小宇宙というように、専門家でない私が簡単には説明し尽せないくらい、人間の体は実に機能的に動き、理路整然としていて、神秘に満ちています。

この私たち人間の誰一人として、偶然にできるはずのない精巧な存在です。
人間はずいぶんと精巧なロボットを作れるようになりましたが、体の機能だけでも人間と同じように動けるロボットは未だにいませんし、精神的なものに至っては到底作り出せるとは思えないような現状ではないでしょうか。

宇宙そのものが偶然の産物で、地球も地球の環境も、そこに生きる動植物も、人間もたまたま偶然の流れでできたのでしょうか。
この宇宙の様子が明らかになるにつれて、小さな石ひとつを作り出すのも、簡単なことだとは思えないのに、自然にできたというのは、私には腑に落ちません。

人間が作ったものの中で、パソコンはかなり高度な技術を持ったものです。各種の電化製品、文明の利器といえるもので私たちの生活は囲まれています。例えば携帯やDSなどの機器をじゃあ、土に埋めて種に水をやれば花が咲くように、自然に造ることができますか?なんの設計図もなく、偶然に出来るものが、一つでもあるでしょうか。
自然に生えてくる植物は、もともとそのように設計され、インプットされたものがあるから自然に生長するのであって、偶然の産物として、一つの種(しゅ)が湧いて出るというのが、私には却って不可解に感じます。

地球上にも秘境と呼ばれるような、素晴らしい自然環境の場所もあります。
広大な宇宙の神秘を見た時に、神様や、神的存在を感じる人が多いと言います。(日本人宇宙飛行士はどうなんでしょうか??)
人類の誕生は進化の過程の中において、偶然湧いて出たというのは、よく考えたら、無理無理な理屈なんじゃないかと思うのです。
自分の存在の価値を知らなすぎるのではないでしょうか。
生物一つを、イチから作り出すことも、到底無理なことでは、と思うのです。皮膚のひとつの組織、血液の一滴も、ひとりでにできたとしたら!アメーバが人間になるその理屈はある程度はその通りですが、では人間の脳は?そして心は?

それなのに、人間はまるで偶然に出来たかのように進化論では説かれています。日本の学校ではそれを今でも断定して教育しています。サルが人間の祖先だと。
太平洋戦争直後、戦中に使っていた教科書の、間違った部分を、全部墨で消させたといいます。私の父も覚えているそうですが、ある日の授業は一日それで終わったという日があったそうです。

科学は、日に日に進歩しています。宇宙のすべてがただ無秩序に偶然にできたものではありえないと、明かされていっているような気がします。広大な設計図をもとに、そして気の遠くなるような技術で作ったものではないですか。

私たちは、物心ついて、ある程度の教育を受けて、身の回りのことを何でもできるようになると、当たり前のように、生きているありがたさも感じなく、自分で生きているような思いになる時期があったりするものです。生意気盛りの思春期の少年たちは、そうだったとしても、大人になって成熟してくると、親や先輩たちに感謝できるようになるでしょう。
進化論を叫んでいる人類は、神様から与えられた命を忘れて、自分たちは偶然に生まれてきたと豪語している、まだ青い存在なのかもしれない。。。そんなふうに考えるのですが。。。
あなたはいかがですか?

だったら、この花が人間だけに美しく見える必要はありません。夜空に星が輝くのを、たまたま広大な宇宙の中に、たまたま生まれたはずの私たちが、この目で見て美しいのも、偶然でしょうか。
お母さんが作った今日の手料理が、偶然何も加えずに適当に作ったら、絶品料理になったりは、してくれないのに…!

自然には、宇宙には設計図がある、そしてそれを造った人が存在する、それが神様だと考えるのは、実に自然だし、だからこそ、信仰が続いて来たのではないかと思うのです。
偶然生まれただけの存在なら、どう生きるも死ぬも勝手ということになります。また、いつかその偶然の一つが崩れれば、簡単に滅びることも考えられます。
見方を変えて、神様が創った宇宙だと思うことは、私たちが、命や自分自身を粗末にしない生き方につながるのではないでしょうか。

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この夕日が赤く見えるのはどうしてなのでしょうか
この癒される景色は、神様からのプレゼント
私はそう思うことにしています

kuri-maの参考記事:
神に出会った宇宙飛行士たち?!



2011年09月16日

「Got Talent」から見出された才能、ポール・ポッツに続く?!韓国22歳青年


小宇宙。


われわれが
不幸または自分の誤りによって陥る心の悩みを、
知性は全く癒すことができない。
理性もほとんどできない。
時間がかなり癒してくれる。
これにひきかえ、
固い決意の活動は一切を癒すことができる。


ゲーテ






タレントといえば、英語では才能。イギリスのタレント発掘番組で、冴えない携帯会社のサラリーマンポール・ポッツが見出されて、日本でも「アンビリーバボー」で半生が紹介されるなどしています。全英で1位になり、世界的な歌手となった彼ですが、彼がその埋めさせていた才能(タレント)を見出された最初の動画がやはり一番感動的かもしれません。

ポール・ポッツの話で記事にしようと思ったのですが、ネット検索をしていて、見つけたのが、韓国の同じ番組で、登場したチェ・スンボンという22歳の青年です。(↑)動画は英語字幕のものしかありませんが、その内容は、上記のサイトに詳しく書かれています。

ポール・ポッツも不遇な人生を送ったということですが、彼の境遇は、半端ではありません。孤児院を逃げ出し、ガムを売って路上生活をし、後に卒業認定試験を受けて進学した高校が初めての学校だったといいます。歌も独学です。淡々と語っていますが、どれほど努力したんでしょうか。

「僕は上手な歌手ではありませんが、ただ歌うのが好きなんです」と言って歌いだした「ネッラ・ファンタジア」の歌声は、会場中の人々の心を打ちました。
「努力する者は才能ある者にも負けない、しかし楽しむ者には、誰も勝つことができない」ということを、韓国のあるドラマで言っていましたが、日本でも「好きこそ物の上手なれ」といいます。これが大きな彼の力になったんでしょう。

歌を歌うということは、様々な感情を忘れ、慰労してくれる作用があると思います。この孤独な青年に力を与えてくれたのは、歌の力です。朗読、音読が脳を活性化し、豊かな情操を育むといいますが、「歌」というのは音楽の力が加わって、更に効果があるのではないでしょうか。
歌う、そして自分の歌声を聴く、感じる、刺激を受ける、そして、悟りの境地ににまで至る…それも可能だと思います。
歌うということは、祈りにも通じるものがあると思うのです。

最初の歌の時のポール・ポッツにしても、チェさんにしても、人を感動させ、癒す歌声ですが、それは人を癒してやろうと思っているからではなくて(皆無とはいえませんが)、彼らの歌声に、まず癒されてきたのは彼ら自身ではなかったかと思います。誰も聞くもののない自己レッスンの毎日の中で、慰労を得、喜びを得て来た、その積み重ねが崔さんを作ったのでしょう。

彼は「僕は歌を歌うと別人になれる」と言っていましたが、歌うときっとその魂がどこか高いところにいくのでしょうね。彼の中に眠っている本当の誰かを引き出すのではないでしょうか。
「歌う」というのは、人間に与えられた大きなタレントです。鳥は歌えると言っても、人ほどにその思いを伝えることはできません。
やはり歌うことは祈ることに通じます。祈るように歌う時、人の心を打つのではないのでしょうか。

彼が説明した彼の人生はほんの少しに過ぎませんが、歌にそのすべてが注がれていたのでしょう。魂に触れて、我知らず涙まで流して感動するのです。
歌に人生が表れる、その人の魂が、人柄がすべて表れるのでしょうね。彼は孤独でしたが、歌に出会いました。それは神様が与えてくれた大きな宝物だったと思うのです。

ポール・ポッツが付録のようになってすみませんが、彼が番組に最初に登場した時から、最後優勝するまでの動画です。(日本語)


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posted by kuri-ma at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ♪音楽のつばさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする