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2011年08月19日

魂の栄養失調とは?!〜アフリカの角の天災と人災〜


夏の風物詩〜すいか〜


人間の身体は魂と肉体でできているから、
どっちかが欠けていたら生きていけない。
両方に栄養がちゃんととれてなかったら、
栄養失調になっちゃいます。


斎藤一人




サマリアなどの「アフリカの角」地帯に深刻な食糧問題が起こっていて、栄養失調の子どもたちの映像がテレビにも流れています。
体にとってはなくてはならない食べ物、水や空気…、そういうものが不足すれば生きていけなくなります。
生きていくのに基本的なものが不足してしまう、これは緊急事態です。

では、魂は?と思ったときに、何が魂の栄養になるのでしょうか。心が満たされるのはどんな時か考えてみると、なんとなくわかると思いますが、私たちは、知らずに魂に酷な生き方をしてしまっているかもしれません。
具体的な生活を豊かに送るためのノウハウも必要でしょう。生命を脅かす緊急事態には、肉体を優先しなければならないですが、そういう時に人間の本性が見えやすいといいます。

魂を活き活きとさせ、豊かにさせるものは、美しいもの、よいもの、真実のものに限るようです。内容のない粗悪なもの、不誠実な外見だましのものは、心を満足させません。
感動はどこから生まれるかと考える時、インチキをした時ではなく、一生懸命やった時です。真心が心を動かします。


「ななつぼし」というお伽話があります。

昔むかし、一人の少女が、粗末な木のひしゃくを持って、病気の母に飲ませる一杯の水を求めて、さまよっていました。その地は日照り続きで、川も池もひからびて、田畑の作物だけでなく、木や草も枯れていっていました。どこにも水は一滴もありませんでした。女の子は疲れ果てて、地べたに座り込みました。夜になっていて、空には月が浮かんでいました。女の子はお月さまにお祈りをします。お母さんに一口、お水を飲ませてあげたいと。疲れていつの間にか眠ってしまい、ふと見ると、ひしゃくに月が映っています。なんと、ひしゃくにはナミナミと水が入っていました。
女の子はその水をこぼさないように持って帰ります。途中、かわいそうな犬に水を飲ませてあげると、木のひしゃくは立派なひしゃくに変わりました。家に帰ってお母さんに水を飲ませようとすると、お母さんは、娘に飲めといい、お互いに譲り合って飲みません。そうこうしているうちに、ひしゃくは銀に変わっていました。
外からその話を聞きつけて入ってきたお爺さんに、母子は水を飲ませてあげます。飲んでも飲んでもその水はなくなりません。ひしゃくは金に変わり、中には七つの星が浮かんでいたと思ったら、それが天に昇り、ななつぼし(北斗七星)になりました。お爺さんの姿はいつの間にか消えていました。まもなくその地には念願の雨が降り、母子は幸せになったというお話です。


自分が渇いていたとしても他を思いやる女の子の気持ちが、結局は貴重な雨を呼んだような気がします。
魂を活き活きさせるのは、そんな他を思いやる気持ちです。「愛」と表現するのがいいでしょうか。自分が好きだから「愛している」ではなく、他を思いやれることが、本当の愛でしょうか。
大切なお母さんのために、自分ものどがカラカラなのに、一滴も飲まずに持って帰ろうとする。そして、母のためだけでなく、かわいそうな人を見たら、どうぞとその貴重な水を差し出してしまう。お人好しのようにも見える、その素朴な「愛情」が、飲んでも飲んでもなくならない、ひしゃくの水をゲットすることになりました。
干ばつの地にあって、他を思いやる気持ち、これがあれば救いになりました。それしかないかもしれません。





どうして、アフリカの干ばつで、こんなにも深刻な事態になっているかといえば、内戦が事態を難しくしました。物資を運ぶ軍隊が脆弱では…。
今回の干ばつの要因として、中国による、アフリカの地の人々のことなど省みない大量の農地の買占めがされてきた記事もありましたが。(上に添付↑)
せっかく物資を送っても、現地に届かない現状がやはりあるようです。盗まれたと思われる日本からの物資が、市場で売られていたということですね。今瀕死に喘ぐその子に、一滴の水でも送ってあげたいと思うのに…!

魂に栄養を与えるもの、それは「ななつぼし」の少女のような純粋な愛と思いやりです。
よこしまな思いや、人を傷つけることは、自らの魂を汚し、傷つけることになります。
世界を見つめると、理不尽な出来事やかわいそうなことは多いのですが、天災はどうしようもなかったとしても、それを拡大するのは、人災です。人が人のために生きるのではなく、自分の何かを優先しようとするから、ただの干ばつでも大変なことになるのに、それが広がり、そこに病気まで発生し、物資を横取りし、必要な所に送ることができない…悪いことに悪いことが重なっていくのです。もどかしいことです。

実際はこの世で豊かな生活をしたかどうかで、その人の魂は決まるのではありません。こういう時に、のほほんとしているだけの人の魂と、飢えと渇きで亡くならなければならない子供の魂は、どうなのでしょうか。
人の痛みを無視するとしたら、それも魂の陰りになるのです。恵まれた人は、より人のために尽くすことが、天から与えられた使命なのかもしれません。
世界で起こっていることにも、だから無関心ではいけないと私は思うのです。

私が祈ること、それで、具体的に力になれる人の一つの行動に結びついていくと思って祈ります。
「人を助けたい」そういう純粋な思いは、「ななつぼし」のような奇跡にも結びつくはずです。「人災」になるか「奇跡」になるかは、やはり人次第という気がします。

一人でも多くの人を幸せに。地獄行きの人がこれ以上増えないようにと、心から願います。人の不幸を横目で見ながら、心が痛まないとしたら、それは魂がすでに何かで麻痺したようになっているのでしょうか。その状態の方が、よほど緊急事態かもしれません。
「愛」でしか奇跡も起せないし、「愛」がなければ魂も干からびてしまいます。

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写真は:夏の風物詩〜すいか〜
(C)akemiさん
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スイカを食べさせてあげたい。。。



posted by kuri-ma at 11:42| Comment(2) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする