さあ夢を叶えましょう

無料カウンセリング
を募っています。詳しくはこちら
まずは記事にコメントをお寄せくださるか
あるいは→のファンより
メッセージをお寄せください
お待ちしています

2011年08月31日

トマトがトマトであるかぎりそれはほんもの?!相田みつをの言葉


9591678トマト by つるピカード.jpg


トマトがトマトであるかぎりそれはほんもの
トマトをメロンに見せようとするから
にせものとなる


相田みつを




季節らしい言葉をということで、今日はこれを選んでみました。
♪僕が僕であるかぎり探し続けなきゃいけないと歌ったのは尾崎豊ですが…。トマトがトマトであるかぎり、それは本物で、僕が僕であるかぎり探し続けなければならないのです。
本物であり続けるためには、毎日、その命を今輝かせていかないといけないんでしょうね。

今日はちょうど折りも折、ラ・トマティーナという、別名「トマト祭り」が行われる日だったようです。スペインのブニョールという町で、毎年8月の最終水曜日に行われる収穫祭ですが、アフリカの角では飢餓に喘いでいる人たちがいる中で、やはり行われているんでしょうか。また、ニュースがあがったら、この記事につけることにします。(下記)



相田さんの言葉の中には、「トマトとメロン」に関するものが多く、似たようなものではこういうものもありました。


「みんなほんもの」

トマトがねえ
トマトのままでいれば
ほんものなんだよ
トマトをメロンに
みせようとするから
にせものに
なるんだよ

みんなそれぞれに
ほんものなのに
骨を折って
にせものになりたがる


untitledトマト.bmp




もっと長いメッセージも見つけました。
「トマトはトマトのいのちを精一杯生きているだけ」という言葉が印象的です。


「トマトとメロン」

トマトにねえ
いくら肥料をやったってさ
メロンにはならねんだなあ

トマトとね
メロンをね
いくら比べたって
しょうがねんだなあ

トマトより
メロンのほうが高級だ
なんて思っているのは
人間だけだね
それもね
欲のふかい人間だけだな

トマトもね メロンもね
当事者同士は
比べも競争もしてねんだな
トマトはトマトのいのちを
精一杯生きているだけ
メロンはメロンのいのちを
いのちいっぱいに
生きているだけ

トマトもメロンも
それぞれに 自分のいのちを
百点満点に生きているんだよ

トマトとメロンをね
二つ並べて比べたり
競争させたりしているのは
そろばん片手の人間だけ
当事者にしてみれば
いいめいわくのこと

「メロンになれ メロンになれ
カッコいいメロンになれ!!
金のいっぱいできる メロンになれ!!」
と 尻ひっぱたかれて
ノイローゼになったり
やけのやんぱちで
暴れたりしているトマトが
いっぱいいるんじゃないかなあ


今日もいい一日を
よろしかったらクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村


スペインで恒例のトマト祭り、日本人観光客も赤く染まる
国際ニュースAFPBB

市役所によると、祭りの費用10万ユーロ(約1100万円)のうち、
トマトだけで3万ユーロ(約330万円)ほどかかっている。
ただし、祭りのために訪れた観光客が町に投下するお金は、
これを補って余りあるという。




posted by kuri-ma at 11:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 相田みつをの言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月30日

ソマリア飢饉は予測されていた?!【写真特集】ハリケーン「アイリーン」米東海岸を襲う!フィリピンで死者13名、台湾にも上陸!


花火〜星空〜

☆星に願いを…、花火にも復興の祈願をこめて★







写真は:高波で流された物品の中から、
使えそうなものを探す子どもたち
他、全8枚
「スーパー台風」11号が台湾上陸、フィリピンで13人死亡
国際ニュースAFPBB





台風11号の勢いはすさまじいものがあります。
天災というのは、防ぐことができないもの、との考え方がありますが、人知の力というものもかなりの高度で、もちろん防ぐことはできないまでも、予測が可能だったり、そういう人知を駆使し準備したら、今後被害をもっと減らすこともできるだろう、と思うのです。
3.11の大震災に関しても、地震・津波・原発の観点から、それぞれ専門家の話によれば、防げるはずのものも多かったということが、起こった後から様々に言われています。

最初のニュースは、気候変動と暴力との間に明白な関連があること結論づけた初の科学的な研究が英科学誌ネイチャー8月25日号に発表されたというものです。AFPのサイトのトピックスの見出しには「ソマリア飢饉は予測されていた」とありましたので、今日のタイトルに持ってきました。
論文の主執筆者、ソロモン・ショーン氏は、目に見えないエルニーニョ現象は内戦の原因の1つだと語り、、「ことしソマリアが飢饉になることは2年前に予測されていたが、国際援助コミュニティーのドナーたちは、この予測を真剣に受け止めなかった」と述べています。

この「後の祭り」的な話を今頃されても、とは思うのですが…。これからの教訓にするしかありません。
研究者から見れば、警鐘を鳴らしたのに、誰も聞く耳を持たなかったのであり、聞く耳を持たなかった人は確かに判断を間違ったことになるでしょう。ただ、そういう事態に実際に襲われなければ、気づけないことが、人には往々にしてあるのでしょう。

小さい子どもを見ていると、ほらやっぱりというところで失敗します。だから言わんこっちゃない、ということが日常茶飯事です。そいういうところで学習していく部分もあるのですから、危険なこと以外は、ある程度見ているしかないのですが。
さて、しかし、そういう不測の事態に実際に陥ってしまった場合は、だから言ったでしょう、ではすまされない、見ていた親はもっと必死になって、事態の収拾に努めるし、一緒になって解決するしかありません。

歴史の中で、天災が起こるという話に王などが従って、天災を未然に防いだという出来事も何度かあります。

平安京の時代、陰陽師で知られる安倍晴明(あべのせいめい)は、天文学など最先端の学問に通じた人であり、天皇からも絶対的な信頼を受け、大災難が起こるという星回りの時に、彼の指示するとおりに天皇以下国をあげてそれに従いました。そのせいがあってか、安倍清明が予言した内容は起こらなかったのです。

また、聖書の中では、アッシリアの王が、預言者ヨナ(イオナ)の予言に従ったところ、滅ぶといわれた都市は滅びませんでした。

予言が違っていたんだろう、と言われれば元も子もありませんが、一生懸命研究している科学者が言われること、その道の専門家が言うこと、それはそういう方たちだから感じる勘も含めて、馬鹿にはできないものだと思います。

そして、最後にあげた中国のダムの記事となると、まだ起こっていないとはいえ、予測が的中すれば、これは天災とはいえない事態です。
中国には、数十年にわたって十分な保守管理作業が行われていない貯水施設が4万か所以上あるとのこと。豪雨などでダムが決壊すれば、都市部の25%以上と広大な農村地帯が洪水になる恐れがあるということですから、天災+人災の大被害ということになるやもしれない、という恐ろしい状況です。軍備にお金を使っている間に、本土が大変なことにもなりかねないですよ。さて、聞く耳を持つでしょうか、中国のトップのお方が?

天災、これは防げませんが、起こってしまったからには、人間が助け合うことを通して、奇跡も起こります。また、未然に防げる場合もあるかもしれない、ということです。
天災を人災にはしたくないですね。
これ以上、被害が広がらないことを願うとともに、被災者の方の安全と健康を、また犠牲者のご冥福をお祈りします。


今日もいい一日を
よろしかったらクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村
写真は:(C)akemiさん
花火〜星空〜
東北復興祈願花火大会
画像あるいはタイトルクリックで写真のページへ
撮影者の名前をクリックすると撮影者のページへリンク
撮影者に許可を得て使用しています
無断転用はご容赦願います
星に願いを…というくらいですから
星よりきれいな人の作り出した花火に
願いをこめるのは
無駄ではないかもしれません
私は夜空を見ると
何かに祈りたくなりますから
花火を見てもついつい……
復興祈願花火大会、ご盛況、何よりでした。
kuri-ma



posted by kuri-ma at 04:27| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月29日

「おかげさま」に支えられる感謝の毎日?!〜おかげさま「いのちのまつり」より


去年の夏も暑かった。


「おかげさま」という言葉は、本当によい言葉です。人の心をほっこりさせます。
私たちのただの挨拶の中に、頻繁にこの「おかげさま」は登場します。よくよく考えれば深い言葉です。いつから言われるようになったのかはわかりませんが、本来は神のご加護に感謝するという意味がこめられているといいます。
当然、英語などには「おかげさま」を訳す言葉はありません。そのままのニュアンスの言葉はないのです。(韓国語にはありますが。)状況的には「ありがとう」に近い言葉なので、そう訳されることが多いようです。

「いのちのまつり」シリーズの第3弾でこれを取り上げているのですが、子どもが「おかげさま」を誰か偉い人かと思ったところがおもしろいです。そして、お祖父ちゃんが説明してくれる内容は、あれ、「おかげさま」って存在したのかな、ていうような新鮮な感覚を教えてくれました。「いのち」につながるお話になっています。
そして、最後は「ありがとう」で終わるのがこのシリーズ共通のものです。

公園で何人もの人に、「おかげさまで」とコクリと頭を下げながら挨拶するおじいちゃん。そこに一緒いいた孫娘の素朴な質問が…。冒頭の部分はカットしてご紹介します。



おかげさま「いのちのまつり」


「ねえ、おじいちゃん、おかげさまって、だ〜れ?」

ゆうちゃんは、忍者やお殿様や、
とってもえらい人を思いうかべました。
「ほおおお、おかげさまかい。
それはだれでもない。
生かされていることへの感謝の言葉じゃよ」
「生かされてる?」
「そうじゃよ」

「ゆうちゃん、胸に手を当ててごらん」
ゆうちゃんがそっと胸を押さえてみると……
「どくどくどく」と
心ぞうの音がからだの中からひびいてきました。
「心ぞうは、だれが動かしておるのかの?」
「えーと……」
「ほっほっほ。おかげさま、おかげさまじゃよ」

おじいちゃんは「よいしょ」と立ち上がると、
地面につえで
一本の線をぐるぐると描いていきました。
「人は頑張って生きて百年ちょっと。
これは、人が生きて行く道というわけじゃ。
登り坂もある、下り坂もある。
曲がりくねったみちなんじゃ。
それでも、くじけずに歩いていけるのは、
いろんな人たちや、
見えるもの、見えないものの大きな力が
しっかり支えてくれておるからじゃ。
人はときどき、生かされていることをわすれて、
道にゆきづまる。
そんなときは、胸に手を当てて、
じっと心ぞうの音を聞いてみることじゃ」

「どれどれ、ゆうちゃんはいま、
道のどこらあたりを歩いておるのかの?」
「わたしは……8さいだから……このくらい!?」
ゆうちゃんは、道のはじめのほうに
しるしを描きました。
「おうおう、まだまだ道はながいのう。
いろんなことが、たんと待っておるわ」
それからふたりで、
おとうさんやおかあさんのしるしも描きました。
「まだ、半分いじょう残っておるの」
さいごにおじいちゃんは「わしはここじゃよ」と、
うしろのほうにしるしを描きました。
ゆうちゃんは、おじいちゃんに残された道の短さにハッとしました。

「おじいちゃん、もうすぐいなくなっちゃうの?」
ゆうちゃんは、とても悲しくなって
おじいちゃんの顔を見つめました。
西に傾いたお日様で、空はオレンジ色。
ふたりの影を長くしています。

「だれいもいつかは、道の終わりがくる。
それがいつになるかは、わからんことじゃ。
わしらにできるのは、一日、一日を、
おかげさまでと感謝して、
せいいっぱい大切にすることじゃ」

「それにな。目には見えんが、
この桜も花びらが散ったその時から、
また次の年に新しい命の花を咲かせようと
準備をはじめておる。
ゆうちゃんも、わしも、みんなみんな、
同じいのちで生かされておるのじゃ」
「同じいのちで!?」
「そうじゃ。同じいのちじゃ。
だから、みんなと、なかよく歩いていくことじゃ。
それだけで百点満点じゃ」

ゆうちゃんが五年生になったとき、
おじいちゃんの道は終わりました。
大きな桜の木は、
今年も新しい花をいっぱいに咲かせています。

「ゆうちゃん、
ずいぶんおねえさんらしくなったわね」
大学生になった、おとなりのおねえさんです。

「おかげさまで」
ゆうちゃんは、そう言って、
コクリを頭を下げました。

きょうも公園は、たくさんの人であふれています。
みんな支えられながら、
同じいのちで生かされていることが、
ゆうちゃんにもすこしずつわかってきました。

いつでも胸に手を当てると、
なつかしいおじいちゃんの声が
聞こえてくるようです。
「おかげさま。ほんに、ほんに、おかげさまじゃ」

大きな風が吹いて、桜の花びらは
天まで届くように高く高く舞い上がっていきました。

「おじいちゃん、ありがとう」


時空をこえてつながっている
「いのち」は目には見えません。
それを支えてくれている
「おかげさま」も目には見えません。
見えないものを感じる力を育まなければ、
なぜ「いのち」が大切なのかも感じられないと思うのです。

作:草葉 一壽(くさば かずひさ) 
絵:平安座 資尚(へいあんざ もとなお)



おかげさまで、こうしてご紹介ができました。
よい挨拶の言葉を、笑顔を添えて伝えていきましょう。


今日もいい一日を
よろしかったらクリックを
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村
写真は:去年の夏も暑かった。
(C)芥川千景さん
画像あるいはタイトルクリックで写真のページへ
撮影者の名前をクリックすると撮影者のページへリンク
撮影者に許可を得て使用しています
無断転用はご容赦願います

kuri-maの参考記事「いのちのまつり」シリーズ
 私たちの命の出発は?!絵本「つながってる!〜いのちのまつり」より
 私たちに命をくれた人って?!「いのちのまつり」