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2011年07月25日

一晩中戦った末得たものは?!「太陽の破片」〜尾崎豊の求めていたもの9


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自由 平和 そして 愛を何で示すのか
だから 一晩中 絶望と戦った
僕はただ 清らかな 愛を信じている




尾崎豊が一晩中戦った相手とは、失望、欲望、絶望…。希望の対局にあるもの、マイナス的な望み、よこしまな望み、そしてそんな望みさえもう、絶え果ててしまったというそんな絶望の淵から、這い上がるようにして、新しい朝を迎えるのです。太陽の輝く朝を。

「太陽の破片」とは何なんだろうかと考えました。
字のごとく、ほんの小さな太陽のかけら、のような意味でもあるとも思えます。それも切れそうなくらいに鋭いかけら…。
詞を読んでいくと、「太陽の破片」の前の部分には、「悲しみがこぼれぬよう」とか、「あわれみが…生まれる」とかあって、「太陽の破片が(僕の)頬をつたう」という表現になっています。
もしかして、「太陽の破片」とは涙につながる表現なのかな、とも思いました。

一見、さらっと聞いていると、愛を失った男が失恋の絶望と、手に入れられなかったものに対する消えない欲望への葛藤で一晩眠れなかった歌だ、と取れるようになっています。
しかし、尾崎の歌い方は、そういう安っぽい恋愛沙汰を越えているように聞こえます。
それに、自由、平和、愛という言葉を連ねたのは、それを信じたいからでしょう。まだ清らかな愛を信じている彼は、真の自由や平和も信じていたのに違いないと思うのです。

もしかして、彼の求めていたものは、息子の裕哉さんに実っているのかもしれないな、となんだか思わされました。
私たちが人生の中で、必死に求め、得ようとして努力したことは例え徒労に終わったとしても、それは決して終わりではありません。形にならなくても無駄ではなく、努力した注いだエネルギーは、私たちの大切な人に受け継がれていくようになっています。未来の人たちに、受け継がれていくでしょう。

一晩中戦ったもの、毎日頑張ったこと、誰にも認められなかった苦労や、人知れぬ流した汗や涙は、とても貴重なものであるからです。「太陽の破片」を集めれば、大きなエネルギーになりはしないでしょうか。


尾崎豊 太陽の破片 

昨晩 眠れずに 失望と戦った
君が悲しく見える 街が悲しいから
昨晩 一晩中 欲望と戦った
君を包むもの全てが 僕を壊すから

すり変ってゆく現実との はざまに
描いた夢が 愛を傷つける
暮しはただ 街明りに照らされ
何を信じるの どこへ向かうの
僕の手も握らずに 消えるのは何故

誰も手をさしのべず 何かにおびえるなら
自由 平和 そして 愛を何で示すのか
だから 一晩中 絶望と戦った
僕はただ 清らかな 愛を信じている

目をつぶってみる 涙がほら渇くまでの間に
忘れられるさ 破れた約束の前で
人はいつも 偽りつづける だけど
君を もう欲望の果てに ただ
奪われたくはない

君を守りたい 悲しみ こぼれぬよう
あわれみが 今希望の内に生まれるよう
もし君が 暗闇に光を求めるなら
ごらん 僕を 太陽の破片が頬をつたう

昨晩 眠れずに
昨晩 眠れずに





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写真は:「乳房雲と太陽柱」




posted by kuri-ma at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 尾崎豊の求めていたもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月24日

これは氷山の一角?!路上で芸売る元体操世界チャンピオン、中国


狂喜乱舞。


日の光をかりて照る
大いなる月よりも、
自ら光を放つ灯火たれ。


森鴎外









中国の元体操選手で世界チャンピオンにもなったことのある張尚武さん(27)が、北京路上でアクロバットを披露し、生計を立てていたことがわかり、中国社会に衝撃を与えているとのこと。彼は世界チャンピオンに輝いた翌年に故障して選手生命を断たれただけでなく、生活にすら窮乏する状態だったといいます。

中国では選手として見出されてしまうと、5歳から親元から引き離され、体操の訓練のため、その他の教育はほとんど受けることなく、特別な学校でトレーニングに明け暮れます。その結果、故障した選手は放り出され、保証もありません。選手の替わりはいくらでもいるということでしょう。体操以外のことは何もできない彼らには、外社会で生きていくすべを持ちません。張尚武さんも「栄光からどん底へ」を地で行ったといいます。

これは、日本ではちょっと感覚的に理解ができない内容ではないでしょうか。
ロシアなどの元共産圏では同様のことが行われてきたし、今も残っているでしょう。
ソ連の属国のような状態だったブルガリアで、元体操選手だった男性から、話を聞いた感覚、これもほとんど同じです。彼も故障でそこを離れざるを得ませんでした。特別なトレーニングの毎日で、学校といっても授業はあったとしても疲れて寝ていたということで、勉強ができないというのが彼のコンプレックスになっていました。
東欧のある国では、選手を薬漬けにしてコントロールしてきたといいます。今ならドーピングで引っ掛かるでしょうが…。同様のことが他の共産圏でもあっただろうということは、想像に難くありません。

どうして、こういうことが起こってくるのでしょうか。
中国でも衝撃的な話題となっているということですが、中国の人々はそれが自分とは関わりがないこと、自分の責任ではないと考えているのかもしれませんね。もしかしたら、一部の政府の高官の問題なのかもしれませんが、広大で膨大な人口を持つ中国ですから、そういうものが全体に広がっているはずなのです。政府や関係者の責任ではあるのですが、そのイデオロギーがやはり問題となるのではないでしょうか。
共産主義の考え方というのは、理想的な聞こえのいいことをいいますが、人間を物としか考えません。「労働」することが人間の価値だと考えますから、社会のために有益な労働をしない人間は価値がないのです。人権を無視した粛清という名の大量殺害ができるのは、人を人と思っていないからです。彼らの考える社会に、役立たない人は、価値がないし、人でもないということです。
アスリートを養成収容所のような所に入れて、脱落者は役に立たないわけですから、利用価値はないわけです。
ひどい言い方をしているようですが、その通りだと思いますよ。

中国は大きな力をもった大国ですが、そもそもの動機とするところが自国の利益です。相手の人権や尊厳を配慮するというものはないのです。
例えばチベットや内モンゴル、ウイグルへの人権弾圧は、目を覆うものがあり、それは東南アジアや日本や他の国々に対しても、虎視眈々と狙っている状況です。日本も?そう、日本もですよ、当然。

同じ人間の感覚として信じられない、という思いはあるかと思います。中国の人々も同じ血の通う人間のはずで、心を持っているはずですが、その心を鉄のようにして、目的に徹して休むことなく続けているのです。脱落する人がいても、替わりはいくらでもいますから。
五輪などのスポーツ競技に対しても、徹底した訓練で結果を出してくるところを見ても、中国にはスキがありませんね。その背後で、犠牲となった数知れないアスリートたちがいるということがあきらかになりました。

張さんの劇的な人生の変遷は中国市民の想像力に強く訴えかけ、元アスリートに対する政府の責任を問う声も広がり始めた。これこそ張さんがもう一度、チャンピオンの頃とは異なる形で得た評判を利用して解決したいと願っている問題だ。「皆に知られていない引退選手は大勢いる。何のスキルも持っていない元選手たちは、仕事を見つけられないでいる。しかし、わが国は引退した後のアスリートの生活支援をしていない。だから、僕は自分が得た発言力を利用して、社会の注目を、この問題に集めたいのです」

張尚武さんは、アスリートのことしか言っていないのですが、いたるところに中国の問題はあります。その根本が、心を持たないというのですか、血の通う部分を鉄か超剛金のようなもので覆ってしまっているということです。
泣いて笑う同じ人間のはずなのに…。

多くのブルガリア人や東欧の人たちから話を聞きましたが、共産主義は人を幸せにはしませんでした。それどころか多くの幸せを奪いました。そして、結局は物にも窮乏し、自滅するしかありませんでした。

中国とブルガリアの悲惨な事故のニュースを掲載しましたが、こういうことが起こること、また農薬漬けの作物が出回るということも、心の動機のねじがはずれて狂っているとしか考えられません。無責任になるのは、共産主義の得意技なのです。ブルガリアは自由化されたはずなのに、以前の体質はいつまでたっても、抜けないようです。
中国や北朝鮮などに住む人々は逃げ場がないわけですから、かわいそうです。まっとうなことを声を挙げようとすれば拘束されてしまいます。
そんな中で生活に必死なのでしょう。共産主義によって培われた無責任は、簡単に治らないということでしょうが、しかし、由々しき問題です。
これは氷山の一角です。埋もれた部分の方が大きいのではないでしょうか。

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写真は:狂喜乱舞。
(C)芥川千景さん
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2011年07月23日

笑顔の支援を?!大干ばつのソマリア/児童虐待相談、過去最多(日)/大人気!双子の赤ちゃん動画「tatata〜」で談笑


90176585_v1311458727ご飯まだかなぁ〜.jpg


明るい家庭は、
明るい子どもを育てます


江原啓之









東アフリカでは旱魃で大変なことになっていて、特にソマリアでは深刻な事態になっているようですね。物資の支援をしたくても、内戦状態のこの国には送るにも送れない状況があるようです。
栄養障害の子どもの写真は、痛々しくて見るのも辛いほどです。
写真集の中にも、笑顔の子どもたちの写真もあるのが救いです。

子どもには笑顔で笑っていてほしい。これは私たちの願いのはずですが、日本での発表では児童虐待は増加の一途を辿っています。通報が増え、表面化してきたからという側面もあるようですが。

子どもを育てるのは大変ですが、成長を見るのは喜びが伴います。
話題になっているという双子の赤ちゃんの動画を添付します。



赤ちゃんはまだ話せる前から、大人たちが話しかける言葉を浴びてそれをどこかに蓄積しているのです。言葉だけでなく、その背後の愛情も浴びるように感じています。

大人たちが話している真似のようにして、話す練習を始めるのですが、あきることなく続けていますね。赤ちゃんのエネルギーというのはすごいです。エネルギー切れになったら、コテンと寝られるのも赤ちゃんのすごいところですが…。

また片言で話すことができるようになると、また堪らなくかわいいものです。だんだん大きくなって自由に話せるようになると、生意気にもなりますが、その分、自分でできることが増えるので、親の負担は減っていきます。
大変なことも、笑顔と共に吹き飛ばして、子どもたちの笑顔に応えましょう。それが私たちの家に幸せを呼ぶことになるし、世界にその幸せを広げることになるでしょう。


笑う角には福来る

本当に強い人は、どんなときにも笑顔を絶やすことがありません。
明るさは強さなのです。

子どもが間違ったことをしたとき、叱るのは当たり前です。
でも、いつまでも言い続けるのではなく、
子どもが反省したと思ったら、ガラッと雰囲気を変える。
笑顔に切り替えるのです。
いつも怒ってばかりいたら、
怒られることの重要さが、子どもの心には響きません。
笑顔がベースにあるからこそ、
怒ったり、悲しんだりすることが、説得力を持つのです。

明るい家庭は、明るい子どもを育みます。
たくさんの笑顔を注ぎ、よい波長で家庭を満たしましょう。
江原啓之「ことたま」より


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写真は:「ご飯まだかなぁ」緋佳さん
ツバメの赤ちゃんです
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追記:東アフリカ・ソマリアの干ばつニュースはこちらでも紹介しました。
   どうやって償うのか?!容疑者父語るノルウェー爆破・銃乱射事件、ソマリア情報など


ラベル:江原啓之
posted by kuri-ma at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 生命と赤ちゃん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする