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2011年06月26日

連ドラ「おひさま」震災後の日本を照らせるか?!


2011.06.10 和泉川 水辺の新緑と朝日.jpg




連載中の「おひさま」は、ちょうどこの震災を狙ったかのような内容になっています。誰もが3.11にそんなことが起こるとは思ってもいなかったはずなのに。
被災地にいる人たちは、このドラマに励まされているに違いありません。

先週は、東京大空襲があったという内容でした。
日ごとにその空襲のひどさが知らされ、東京にいる家族や友人の情報もなかなか得られません。多くの人が犠牲になり、焼け野原になりました。

太平洋戦争を時代背景にしていますが、その頃の不自由な生活、戦地に身内を送り出す切なさは、自由な現代からしたら、考えられないような様子です。
当初、真珠湾攻撃で勝利した時には、日本中が沸きました。それを見ながら、この時の恨みが今も米国人のなかにあって、しこりとなっているんだよな、と思いました。
(山本五十六の殺害作戦があったように。→ 「男の修行」山本五十六とビンラディンの共通性?!人が言っても動かないのはどうしてか(2)

このドラマで描かれているもので、印象的なのは、衣装の汚さです。その当時は洗濯も今のように毎日できる状況ではなかったのでしょう。学生服なども、埃と汗と脂でテカテカで、白い粉のようなものが浮き出ているのです。今までのドラマではせいぜい汚れているくらいの描き方ですが、とてもリアルに当時を再現してくれていると思います。

そして、当時の人たちがどれだけ我慢強かったかを、細かく描いています。今の私たちなら耐えられないだろうと思うところを越えて行かれたのですね。ドラマの中で主人公が「耐えるしかなかったのよ」とも言われていましたね。その当時の人たちも、そういう時代に生きていくしかなくて、耐えるしかなかったのでしょう。
今の私たちに考えられないことの一つに、戦地に行く人、行っている人に、「無事帰ってきてください」という言葉が言えなかったことです。戦死は名誉なこと、戦争に批判的なことは禁句だったんですね。物にも事欠き、いつもお腹をすかせる子どもたち…。

かの戦争では、今回の震災よりも桁違いに多くの人たちが犠牲になりました。突然に戦地で亡くなるしかなかった人たち、空襲で、一瞬のうちに犠牲になった人たち、東京だけでなく、日本中が空襲を受けるようになります。

今ならば、あの戦争は無謀だったとわかります。しかしあの時代の流れの中で、誰もがどうしようもなかったというのです。軍国主義に全体が呑まれるように流されるしかなかったと。
日本の負けはもう明白になっていたのに、軍部は絶対に引きませんでした。全員が玉砕するまで戦うつもりだったといいます。東京大空襲は打つ手のない米国の脅しのようなものだったでしょう。日本軍部は死ぬつもりなのですから、見るものを見せるしかなかったのでしょう。
それでも日本の文化的価値を日本以上に知っていたので、京都などの都市には空襲をしていません。

昭和20年、この敗戦までの時に、どれだけ多くの血が流されたのか、どれだけの人々が悲しみと苦労を背負わなければならなかったか…。

空襲に備えつつもおびえる人たちの姿は、地震が起こった時の状況を彷彿させました。今も残っている余震を感じるたびに、恐ろしい感覚、これを思い出しますが、忘れてはいけないことだと思うのです。

広島、長崎に原爆が落とされようやく日本は降伏した、というのですが…。
日本を戦争、敗戦に押しやった人たちは、全て責任を問われ処刑されました。

この震災後、被災地の混乱は日本の混乱につながり、被災地の復興は日本全体にとっても早急になさなければならないにも関わらず、それが遅々として進まないのは、もちろん責任を持つ人たちの問題が大きいでしょう。イザという時に上に立つ人の資質とその心根は、国を大きく左右するんですね。もちろん、いずれ裁かれるに違いないのですが。戦後の大審判のようなことがないともいえませんね。

おひさまは今週は敗戦、いよいよ戦後の厳しい時がやってきます。
ドラマで疑似体験をするしかない私たちですが、あの頃のことは、震災後の日本に生きる私たちに教えてくれることが多いと思います。

今日もいい一日を
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写真は「水辺の新緑と朝日」ひでわくさん