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2011年06月27日

「被災者の皆様に」柴田トヨの「だれにも朝はやってくる?!」3


2011.06.14和泉川ドクダミにデンデンムシの赤ちゃん.jpg


(私が天国に行った時は)
日射しとなり
 そよ風になって
 皆様を応援します







昨日は100歳のお誕生日を迎えられたんですね。おめでとうございます。
今年の初め、柴田トヨさんを知り、ブログにも2回取り上げさせて頂きました。

実は図書館で予約をしていました。書店に並んでいるのを手にとって、買おうかなとも思ったのですが、図書館の予約もしたことだしと、やめたのです。しかし一向に番が回って来ず、遅いので調べてみますと、人気の本なので市で10冊はあるのですが、その時点で100人待っていました。一体私は何番目なんだろうか、と気が遠くなりました。

でも、待つことにしたんです。きっと待つのにふさわしいタイミングが用意されているに違いないと思ったからです。神様が今だよ、という時機というのがあるのではと。
半年経ち、忘れた頃に連絡があり、昨日借りてきました。するとそれが奇しくも、柴田さんのお誕生日でした。やっぱり、私にとっては、粋な出会いとなりました。
そして、きっともっと大切なものだと思った時に、本も購入することにします。

全詩をタイピングしましたので、追々紹介していきますが、今日は第2詩集に入ることになるという、震災直後、被災された方々へ送られた詩を紹介します。(上記2つ目のニュース)

「くじけないで」の詩集の中にも、何度もでてくる「陽射し」や「そよ風」、時にはお喋り相手になる、トヨさんの友だちです。あの世に行った大切な人も、こんな風に近くにいると、トヨさんは思っているのかもしれません。


被災者の皆様に
柴田トヨ


あぁ なんという
 ことでしょう
 テレビを見ながら
 唯(ただ) 手をあわすばかりです
 
 皆様の心の中は
 今も余震がきて
 傷痕(きずあと)がさらに
 深くなっていると思います
 その傷痕に
 薬を塗ってあげたい
 人間誰しもの気持ちです
 私もできることは
 ないだろうか? 考えます
 もうすぐ百歳になる私
 天国に行く日も
 近いでしょう
 その時は 日射(ひざ)しとなり
 そよ風になって
 皆様を応援します
 
 これから 辛い日々が
 続くでしょうが
 朝はかならず やってきます
 くじけないで!



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写真はひでわくさん
「ドクダミにデンデンムシの赤ちゃん」


「くじけないで」柴田トヨの「だれにも朝はやってくる?!」1 
心に貯金する生き方?柴田トヨの「だれにも朝はやってくる?!」2



2011年06月26日

連ドラ「おひさま」震災後の日本を照らせるか?!


2011.06.10 和泉川 水辺の新緑と朝日.jpg




連載中の「おひさま」は、ちょうどこの震災を狙ったかのような内容になっています。誰もが3.11にそんなことが起こるとは思ってもいなかったはずなのに。
被災地にいる人たちは、このドラマに励まされているに違いありません。

先週は、東京大空襲があったという内容でした。
日ごとにその空襲のひどさが知らされ、東京にいる家族や友人の情報もなかなか得られません。多くの人が犠牲になり、焼け野原になりました。

太平洋戦争を時代背景にしていますが、その頃の不自由な生活、戦地に身内を送り出す切なさは、自由な現代からしたら、考えられないような様子です。
当初、真珠湾攻撃で勝利した時には、日本中が沸きました。それを見ながら、この時の恨みが今も米国人のなかにあって、しこりとなっているんだよな、と思いました。
(山本五十六の殺害作戦があったように。→ 「男の修行」山本五十六とビンラディンの共通性?!人が言っても動かないのはどうしてか(2)

このドラマで描かれているもので、印象的なのは、衣装の汚さです。その当時は洗濯も今のように毎日できる状況ではなかったのでしょう。学生服なども、埃と汗と脂でテカテカで、白い粉のようなものが浮き出ているのです。今までのドラマではせいぜい汚れているくらいの描き方ですが、とてもリアルに当時を再現してくれていると思います。

そして、当時の人たちがどれだけ我慢強かったかを、細かく描いています。今の私たちなら耐えられないだろうと思うところを越えて行かれたのですね。ドラマの中で主人公が「耐えるしかなかったのよ」とも言われていましたね。その当時の人たちも、そういう時代に生きていくしかなくて、耐えるしかなかったのでしょう。
今の私たちに考えられないことの一つに、戦地に行く人、行っている人に、「無事帰ってきてください」という言葉が言えなかったことです。戦死は名誉なこと、戦争に批判的なことは禁句だったんですね。物にも事欠き、いつもお腹をすかせる子どもたち…。

かの戦争では、今回の震災よりも桁違いに多くの人たちが犠牲になりました。突然に戦地で亡くなるしかなかった人たち、空襲で、一瞬のうちに犠牲になった人たち、東京だけでなく、日本中が空襲を受けるようになります。

今ならば、あの戦争は無謀だったとわかります。しかしあの時代の流れの中で、誰もがどうしようもなかったというのです。軍国主義に全体が呑まれるように流されるしかなかったと。
日本の負けはもう明白になっていたのに、軍部は絶対に引きませんでした。全員が玉砕するまで戦うつもりだったといいます。東京大空襲は打つ手のない米国の脅しのようなものだったでしょう。日本軍部は死ぬつもりなのですから、見るものを見せるしかなかったのでしょう。
それでも日本の文化的価値を日本以上に知っていたので、京都などの都市には空襲をしていません。

昭和20年、この敗戦までの時に、どれだけ多くの血が流されたのか、どれだけの人々が悲しみと苦労を背負わなければならなかったか…。

空襲に備えつつもおびえる人たちの姿は、地震が起こった時の状況を彷彿させました。今も残っている余震を感じるたびに、恐ろしい感覚、これを思い出しますが、忘れてはいけないことだと思うのです。

広島、長崎に原爆が落とされようやく日本は降伏した、というのですが…。
日本を戦争、敗戦に押しやった人たちは、全て責任を問われ処刑されました。

この震災後、被災地の混乱は日本の混乱につながり、被災地の復興は日本全体にとっても早急になさなければならないにも関わらず、それが遅々として進まないのは、もちろん責任を持つ人たちの問題が大きいでしょう。イザという時に上に立つ人の資質とその心根は、国を大きく左右するんですね。もちろん、いずれ裁かれるに違いないのですが。戦後の大審判のようなことがないともいえませんね。

おひさまは今週は敗戦、いよいよ戦後の厳しい時がやってきます。
ドラマで疑似体験をするしかない私たちですが、あの頃のことは、震災後の日本に生きる私たちに教えてくれることが多いと思います。

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写真は「水辺の新緑と朝日」ひでわくさん





2011年06月25日

「街路樹」に降りそそぐ心もよう〜尾崎豊の求めていたもの8


43430404_v1302897924夏空。.jpg


「誰ひとり抱きしめられず 歌ってる」とは
誰か かけがいのないひとりを
いつまでも抱きしめたい、
そういう思いにも聞こえます。




また、今月もこの日が来ました。
今年の4月の命日には、20回忌の法要がされたようですね。テレビで報道された内容をYouTube(上に添付)で見てて、あれ、私が間違えたかな、と思ったのですが、20回忌は20年経ったのではなくて、20年目を迎えたということですよ。約20年ではあるので、20年、20年というのかもしれませんが、19年経ったということです。

須藤さんと尾崎豊の息子・裕哉さんとの会話の中で「理路整然と話しているのに支離滅裂になってしまう」など、そんな尾崎豊の素の部分も出てきて興味深く、印象的な部分が随所にありました。
息子さんが一番の尾崎ファンというのは、親とすれば嬉しいことなのではないでしょうか。彼は一見父に似ているようには見えませんが、生前知っていた人から見れば、声や、性質など似ている所が、随所にあるんでしょうね。
お母さんの育て方がよかったんでしょう。亡くなった父を慕えるというのは。
(息子さんが父の楽曲を研究していった世界を聞くと、私なんかがわかったように話すことではないな、なんて思うのですが…。)

尾崎豊の素顔はよく笑う人だったといいます。そういう父親の陽の部分というものを、受け継いだのが息子さんという気がしますね。


今日は直感に従って選んだ曲を紹介することにします。街路樹に降りそそぐ雨、というのが季節的には今かなぁとも思いますし。

この曲は、尾崎の振り絞るような叫びと、甘いささやくような歌声が交互に聞けるラブ・バラードで、聞きやすい曲ですね。感覚的には、いい曲、よく歌詞をかみしめると、含みがありすぎて、何が言いたいのかわからない、ともいえる曲なんですよ。

最後という言葉が出るので、別れの曲かとも思うのですが、最後まで優しく送り出してあげるという感じでしょうか。ファンのひとりひとりへのメッセージにも取れるし。

最初の出だしの歌詞は、とてもビジュアル的に訴えてくるような印象深い描写です。本当は寂しい。しかし、誰も責めずに、甘え下手な不器用な優しさを持て余している。
「誰ひとり抱きしめられず 歌ってる」
誰かかけがいのないひとりをいつまでも抱きしめたい、そういう思いにも聞こえます。

街路樹たちの歌、街路樹に降りそそぐ雨、というのは、「降りそそぐ心もよう」という描写もあるように、心であり、愛です。彼の「心を洗う」ものであり、街路樹がささやいているのは愛の言葉なのでしょう。

「過ちも正しさも裁かれる」何をやっても裁かれているようで、「別々の答えが 同じに見えただけ」のような気がして、混沌としている。

「答えておくれよ」という言葉のように、答えを求めているのはどの歌も共通の進行形なのです。

「街路樹」はアルバムタイトルにもなっています。覚醒剤での拘留を解かれた後の初めてのアルバムで、東京ドームでライブも行われました。
翌年、裕哉さんが誕生していますから、夫人・繁美さんとの秘話もこういう曲の中にこめられていたのかどうか…。


街路樹―尾崎豊


踏み潰された空缶の前で 立ちつくしていた
俺は4時間も地下鉄の 風に吹き上げられてた
昨夜見た夢の 続きを見ていた
甘えるのが下手な 優しさに似たロックンロール
誰ひとり抱きしめられず 歌ってる

Oh…答えておくれよ これは愛なのか
Oh…運命のいたずらと 泣けるかな
別々の答えが 同じに見えただけ
Oh…過ちも正しさも裁かれる

足音に降り注ぐ心もよう
つかまえて 街路樹たちの歌を
最後まで愛ささやいている
壁の上 二人影ならべて

随分二人の仲も 知れた頃だった
お前はドアを蹴り上げて 毎日と尋ねた
考えちゃダメさ 答えてごらんよ
街角の紙くずの上 YesとNoを重ねた
積まれたタイヤの上で夢中になった

Oh…聞こえているなら 答えておくれ
Oh…その意味は激しく 降り続く
心偽れずに 思い出すことさえも
やがて僕の心を 洗うだろう

足音に降りそそぐ心もよう
つかまえて 街路樹たちの歌を
見えるだろ 降りそそぐ雨たちは
ずぶ濡れで 夢抱きしめている君さ

足音に降りそそぐ心もよう
つかまえて 街路樹たちの歌を
最後まで愛ささやいている
壁の上 二人影ならべて

(ララ〜ララ〜ララ〜ラララララララ〜)




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写真は:夏空。
(C)芥川千景さん





posted by kuri-ma at 07:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 尾崎豊の求めていたもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする