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2011年05月17日

人が言っても動かないのはどうしてか?!




「やってみせ 
言って聞かせて 
させてみて 
ほめてやらねば 
人は動かじ」


山本五十六



母が諳んじていて、時折口にするので、子どもの頃から耳によく残っていた言葉です。
子どもというのは、覚えていないようで、親の言葉を覚えているし、よく歌っている歌も懐かしく思い出すものです。それは母の母から受け継がれたものかもしれません。

子どもに、「お母さんとお祖母ちゃんは似てるね。話し方も、声もおんなじ」と言われます。私は父親似で、美人の母とはそばかすだけ似たと思っていたのですが、受け継いだものも多いようです。
生活の中でしっかり刷り込まれていたものがあったんでしょう。
料理の味も母に似ています。なかなか出せない味を研究したこともありますが、舌で覚えた味というのは、再現しやすいようです。

山本五十六の言葉であると知ったのは、ずっと後のことですが、この言葉は耳に残っていました。
でも、身にはついていないのです。
めんどくさいので、自分ではやらずに、子どもにあれこれやれと言うのですが、たとえ10回やれと言ったからといって、子どもは聞いてもいないようです。
こちらは大人なので、そこで感情的にならずに、何度でもやってあげなければいけないのでしょうが、忍耐がいりますよね。

一度言っただけで聞いてくれることを子どもに期待しているんですが、もちろん叶えられることはありません。何度言っても効果なし、のこともあります。
大体は感情的になって、私のイカる声で、子供たちがようやく振り返って見る、という感じです。
何か呪文のように私の心も平静にできるものが必要なようです。

「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」この言葉は、ああ、私が足りないから、彼は動かないんだな、という思いに立ち返らせてくれます。
動かない人のせいにしても、仕方のないことなのでしょう。その人の人生はその人のものなので、本当の意味で、親であっても誰であっても、本人が動こうとしなければ、変えてやろうとして変わるものではありません。

口うるさくいうことは、ほとんど無駄な努力なんですね。やって見せているものがないと、入らない。
案外、母も自分に言い聞かせるように、この言葉を言っていたのかもしれないと、今になってみれば思います。
どんな後姿を見せてあげているんだろうか。

そして、最後の「褒めてあげねば」というところだけ捉えて、おべんちゃらや、口先だけで褒めてあげるのは、これも意味がないことかなぁと思います。方法論ではありません。
大切なのは真心なのか、親なり言う人が、体験して来たものなのか、という真実かどうかが問題なのではないかと思うのです。

「やってみせ…」は上杉鷹山の「してみせて 言って聞かせて させてみる」から影響を受けていると言われています。
山本五十六にしても、上杉鷹山にしても、養子ということがひとつの共通点です。養子というのは、自分の名前を捨てていますし、その名前をあげる人になるためには、人並みでない苦労や、工夫があったんでしょうね。優秀だから養子になったとはいえ、当然のようにその家の名を上げるのは簡単ではないはずです。

この言葉は、行動に根付いた言葉であって、口先だけの言葉ではないなぁと思うのです。やってきた実績に基づくものだと思うのです。だから心に響くのです。
このブログにしても、口先だけの言葉を並べたものにはならないようにしなければ、人の心は動かさないだろうなぁ、と思いつつ…。


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