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2011年05月19日

原発25kmで闘う医師たちの強い意志?!/キム・ヨナ賞金を震災に寄付!など


指きりギンラン。
 

もしわたしが羅針盤をもっていたら、
この嵐だってなにほどのこともありませんし、
もしわたしに良心というものがあれば、
いくら大事件が起こっても、
びくともするものではありませんよ。


ヴィクトル・ユゴー





このニュースには、正直感動しました。こういう人がいるんですよ。
福島原発から25km離れゴーストタウン化した南相馬市で、現在も治療を続けている医師がいるとのこと。
どんな患者も受け入れる。4人の看護師とともに、1日最大120人程度の患者を診察する。大半が高齢者で震災後、政府の避難・屋内退避指示に従い、電気、水、食料のない状態で厳しい寒さを耐えた結果、肺炎を患ってしまった人が多い。

 医者としてここを退くべきではないと思ったと高橋医師は語る。自分がやらなければ誰がやるんだと、自分に言い聞かせた。放射能への恐怖はあるが、南相馬で診療を続けることが使命だと覚悟を決めた。もしかしたら、これが自分の医師としての人生の最終章にあたるかもしれないと思っている。
上記記事より

また、海外医療チームも複数活動してくれています。そのうち、ヨルダンの医師の話をどうぞ。

ヨルダンチームのある医師(34)は「日本の政府と国民は、これまでにさまざまな場面で、ヨルダンを助けてくれました。われわれはその恩返しをすべきなのです」と語った。

 この医師は、福島第1原発から漏れ続けている放射能についても心配していないと話した。「25キロしか離れていない南相馬でも放射能レベルは極めて低い。心配は無用。過剰反応すべきではありません」

 合同チームを率いる福島医大の高瀬信弥医師は、高い志を持ってやって来た海外の医療チームによる支援は、避難民の健康を改善させると共に、放射能への恐怖で精神的ショックを受けている人々を元気づけ、大きな力になっていると語った。
上記記事より


もう、言うことがないです。
こういう心の姿勢の人は、悪いものを吸収しにくいので、放射線の影響もでにくいんでしょう。何よりもその精神が素晴らしいから、なんでもはねのけそうです。


また、海外からいろんな形で支援をしてくださる人たちがいます。体を張ってくれている上の医療チームや医師たちには比較にはなりませんが、とても尊いことですね。





キム・ヨナ選手は、昨年はハイチ地震のために1億ウォンを寄付していますが、今回2位だった世界選手権の賞金全額(約220万円)を東日本大震災の被災者義援金に寄付したとのこと。

以前取り上げた石川遼選手の今年の賞金全額寄付の決意も潔いと思いましたが、→石川遼、賞金全額寄付予告★☆★パンダ、パンダ!日本に希望を?!
こういう姿勢がいいんですね。それぞれの選手の事情は違いますから、あの人はなぜしないのとか、何もいえません。

しかし、こういう潔く善い事にお金を捧げられる人は、残ったお金は浄化されてしまうので、お金に呑まれたり、そういう悪い影響は受けません。逆に運勢がアップすること間違いナシですから、成績にもよい影響があるでしょう。ただし動機が純粋である場合なのですが、もちろん純粋に違いないと思います。

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2011年05月18日

「男の修行」山本五十六とビンラディンの共通性?!人が言っても動かないのはどうしてか(2)


2011.05.09 箱根乙女峠 富士山.jpg


「男の修行」

苦しいこともあるだろう 
言い度いこともあるだろう 
不満なこともあるだろう 
腹の立つこともあるだろう 
泣き度いこともあるだろう 
これらをじっとこらえてゆくのが 
男の修行である


山本五十六


63df男の修行.jpg


最近の草食系男子は、こういう「男の修行」をどういう風に捉えるでしょうか。現代人が「ストレス」と捉え、ほどほどに付き合ってやり過ごそうとする事柄、これを「じっとこらえてゆく」のだと教えているのが、山本五十六の言葉です。

昨日は「「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」という言葉を紹介したのですが、この「男の修行」も、座右の銘にする人が多いようです。
どちらも共通するのは「忍耐強さ」です。簡単に切れるのではなく、「男の修行だ」とやせ我慢でも返して、我慢していくのです。

「男」だから、泣き言を言わない、なんて今時の人から見たら古くさく感じるかもしれませんが、私は潔くてケジメのある、責任を取ろうとするステキな男性の姿を感じてしまいます。

私の家には、四人の男性がいます。夫と三人の息子です。子供たちはまだ幼くても、男性の性質をすでに持ち合わせています。
最近長男が、激しい部活動の練習中に転んでけがをしました。最近ついてないと言って、悲観的な息子に対して、いろんな話をしてみましたが、本人の気持ちが切り替わらなければ何にもなりませんね。
親が何を言っても、聞かせるのは一苦労、そんな年頃になってきました。ああしろ、こうしろという言葉を聞きはしません。心に残る言葉があれば、気持ちを切り替えて頑張れるのではないでしょうか。

男をその気にさせる言葉というのがあるのでしょう。「忍耐」という地味な内容を、「男の修行」だ、と言われると、頑張りたくなるのではないでしょうか。
昨日もいいましたが、ただの口先だけの言葉は、誰も聞きません。あの時代のカリスマ的存在、「神」とまで言われた人の言葉だから、説得力があります。

山本五十六については、本当に神のような存在だったのか、私はよく知りません。
調べたら賛否両論のある人で、太平洋戦争を起こした人と言ってもいいくらいで、真珠湾攻撃の指示者です。ですから、当時の米国から見たならば、敵の中の敵です。先頃殺害されたウサマ・ビンラディンと同じように、アメリカが彼の殺害作戦を決行し、死亡しています(*)。戦争中なので戦死ですが。

今日は月遅れの命日となります。当時日本ではすぐには死亡は発表されず、一月くらい後にようやく公表されました。時季的にはちょうど今の頃です。今日の月命日に改めてご冥福をお祈りします。

男の修行、ただのやせ我慢の薦めではなく、座右の銘にしてもらいたい言葉です。男だけでなく女性であっても、ですが、やはり男性にこそ必要な言葉なのかもしれません。



*ウサマ・ビンラディン容疑者の殺害と、山本五十六の死の共通性が言われているようです。
同時多発テロを受け、ビンラディン殺害の作戦を支持したのは、当時の大統領のブッシュであったことを考えると、下の記事を読んで、納得される部分もあるのではないでしょうか。


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写真は「箱根乙女峠 富士山」ひでわくさん



2011年05月17日

人が言っても動かないのはどうしてか?!




「やってみせ 
言って聞かせて 
させてみて 
ほめてやらねば 
人は動かじ」


山本五十六



母が諳んじていて、時折口にするので、子どもの頃から耳によく残っていた言葉です。
子どもというのは、覚えていないようで、親の言葉を覚えているし、よく歌っている歌も懐かしく思い出すものです。それは母の母から受け継がれたものかもしれません。

子どもに、「お母さんとお祖母ちゃんは似てるね。話し方も、声もおんなじ」と言われます。私は父親似で、美人の母とはそばかすだけ似たと思っていたのですが、受け継いだものも多いようです。
生活の中でしっかり刷り込まれていたものがあったんでしょう。
料理の味も母に似ています。なかなか出せない味を研究したこともありますが、舌で覚えた味というのは、再現しやすいようです。

山本五十六の言葉であると知ったのは、ずっと後のことですが、この言葉は耳に残っていました。
でも、身にはついていないのです。
めんどくさいので、自分ではやらずに、子どもにあれこれやれと言うのですが、たとえ10回やれと言ったからといって、子どもは聞いてもいないようです。
こちらは大人なので、そこで感情的にならずに、何度でもやってあげなければいけないのでしょうが、忍耐がいりますよね。

一度言っただけで聞いてくれることを子どもに期待しているんですが、もちろん叶えられることはありません。何度言っても効果なし、のこともあります。
大体は感情的になって、私のイカる声で、子供たちがようやく振り返って見る、という感じです。
何か呪文のように私の心も平静にできるものが必要なようです。

「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」この言葉は、ああ、私が足りないから、彼は動かないんだな、という思いに立ち返らせてくれます。
動かない人のせいにしても、仕方のないことなのでしょう。その人の人生はその人のものなので、本当の意味で、親であっても誰であっても、本人が動こうとしなければ、変えてやろうとして変わるものではありません。

口うるさくいうことは、ほとんど無駄な努力なんですね。やって見せているものがないと、入らない。
案外、母も自分に言い聞かせるように、この言葉を言っていたのかもしれないと、今になってみれば思います。
どんな後姿を見せてあげているんだろうか。

そして、最後の「褒めてあげねば」というところだけ捉えて、おべんちゃらや、口先だけで褒めてあげるのは、これも意味がないことかなぁと思います。方法論ではありません。
大切なのは真心なのか、親なり言う人が、体験して来たものなのか、という真実かどうかが問題なのではないかと思うのです。

「やってみせ…」は上杉鷹山の「してみせて 言って聞かせて させてみる」から影響を受けていると言われています。
山本五十六にしても、上杉鷹山にしても、養子ということがひとつの共通点です。養子というのは、自分の名前を捨てていますし、その名前をあげる人になるためには、人並みでない苦労や、工夫があったんでしょうね。優秀だから養子になったとはいえ、当然のようにその家の名を上げるのは簡単ではないはずです。

この言葉は、行動に根付いた言葉であって、口先だけの言葉ではないなぁと思うのです。やってきた実績に基づくものだと思うのです。だから心に響くのです。
このブログにしても、口先だけの言葉を並べたものにはならないようにしなければ、人の心は動かさないだろうなぁ、と思いつつ…。


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