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2011年05月28日

ゴリラと目があった?!大あくびベンガルトラetc.【動物園特集ちょっとオモシロ編】

↑ これも動物でしょうか?!



今日は、ちょっと面白い動物のしぐさ等を集めてみました。それぞれ個性的です。





ベンガルトラの大あくび
国際ニュースAFPBB




最初の記事はニューヨークの猫ちゃん。飼い主さんの頭に乗ったまま、お出掛けのようです。いつでも高みの見物なんですね。
次はばっちり「ゴリラと目があった?」かという写真です。
3番目はベンガル虎の大あくび、あくび以外の様子も含め全11枚の写真掲載。
4番目は米国立公園内で、バイソンがおそらく生え変わりでかゆいのでしょうか、消火栓で、夢中でこすっているところです。3枚(アップはもっと切実な感じが出てます)

動物ってなんで面白いのかなぁと思うと、人間の姿に似ているから、なんかユーモラスに感じるんですね。
動物ナシでは、きっと世界も味気ないでしょうね。


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写真は「こちらゴジラ。」
(C)芥川千景
さん


動物と動物園特集のニュース記事は、独立して一つのカテゴリーにまとめました


posted by kuri-ma at 05:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 動物・動物園ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月27日

ロイヤルカップルたちの本当の未来とは?!英国に続きモナコ、ブータン



♪き〜んらんど〜んすぅの〜♪って違いますか?


ブータンのジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王、
ご結婚おめでとうございます

ブータンのロイヤルウェディングについては
新記事を作成しました。こちらをどうぞ





ロイヤル・ウェディングつながりで、今年7月挙式予定のモナコのアルベール2世公(上記記事) の話から、モナコのいわゆる王族たちの男女関係のお話をしようと思ったのですが、あまりの複雑さに閉口しています。できるなら、家系図にすればわかりやすいのですが、ちょっと簡単には書けないほどです。

モナコは世界で2番目に小さな国で、フランスの属国のような立場も残っていますが、カジノやサーキット、様々なレジャー的要素で豊かな国ですね。
昨年婚約されたアルベール2世公は、亡グレース・ケリーの息子さんですが、53歳になられたと思うのですが、いわゆるプレイボーイで、数多くの女性とのうわさがあり、実際二人の隠し子を認知しています。
元五輪選手でもあるスポーツマンで、2009年には、環境問題の調査のため国家元首として初めて南極点に到達しています。
結婚される相手は南アフリカの元競泳選手(W杯金メダリスト)で、写真でわかるように、大変な美人です。

モナコといえばカシラギ3兄弟が(美形だということで)有名だったりしますが、彼らは、アルベール2世公の姉であるカロリーヌ公女の子どもになります。→昔の写真こちら

アルベール2世公には、妹のステファニー公女(上記新聞記事に写真あり)がいて、この姉妹がそれぞれ数度の離再婚を繰り返していることは、以前の記事で話しましたね。 プリンセスたちの幸せへの道は?!英国「世紀の結婚式」に思う

華やかなプリンス・プリンセスたちの旺盛な恋愛物語…。モナコに限らず、ヨーロッパでは、かつての貞淑な貴人たちは存在しないようです。
元々、歴史を振り返ってみても、日本もひどかったかもしれませんが、ヨーロッパは不倫問題のオンパレードなのです。

欧米で親しまれている「アーサー王の物語」、これはアーサー王の妻と不倫関係にあった彼の腹心とも言うべきランスロットの反乱によって、結局はアーサー王も死に、王国が崩壊してしまいます。子どもの頃、「アーサー王と円卓の騎士」の話はとても好きだったんですが…。アーサーにもモデルとなった人物が実在するとかしないとか。

中東になるかもしれませんが、聖書に出てくるソロモンは、父ダビデが、部下の妻だった女性と不倫関係の後、正式に妻に迎えてからできた子どもです。(不倫関係の時できた子はすぐに死亡しています。)
そして、ソロモンは知恵の王として国を栄えさせますが、後宮には700人の妻と300人の側女がいたこと、シバの女王も愛人の一人と言われています。彼の死後急速に王国は力を失います。

世界の3大美女と呼ばれる女性の中の、クレオパトラはシーザーやアントニウスとの関係があり、楊貴妃は玄宗皇帝の息子の妻だったのを、強引に妻にされたと言われています。彼女たちの最期は悲しいものでした。

美女は幸運というのはなかなかイコールではなくて、男性が放って置いてくれないから逆に大変な人生を歩みやすいようですね。
最高の人であれば、一人の人で満足して死ぬまで永遠に幸せになれるはずなのです。
私の持論の一つですが、不倫というのは、確実に時には即座に、あるいは将来的にその人の子供(子孫)の命を絶ちます。
できた子供は王の子であったとしても、国を背負う器量をもてなくなります。ひ弱で自己中の王子では先細りになるのは目に見えています。

素晴らしい能力をもち、おそらく素晴らしい器量をもっておられるであろう方々、アルベール2世公にしてもそうだと思うのです。女性関係は、もうキッパリ断って頂かないと、国の存続にも掛かってきます。
お妃たち、プリンセスたちの生き方も、本当は一女性として自由に生き過ぎるのは、国に関わる方たちとしては控えた方がいいのですが…。

素晴らしい人ほど、男女関係にも誘惑に満ちているのでしょうが、その男女関係が、大きな落とし穴になるんですね。明日のモナコはちょっと恐ろしいと思っています。

1対1が基本でしょう。もう一人増えただけで、三角関係となって問題になりますよね。
過去の女性、男性は、元彼なんて簡単に呼びますが、そういうものも消えたわけではありません。魂にはそういう関係した女性、男性の影が消えずに残っています。そしらぬ顔をしていますが、大変なことです。
どんなに素晴らしいプリンスでもプリンセスでも、あちらの世界でもそんな風にいられるかは、本当の品性に掛かっていると思います。

そういう意味では、日本の最近の皇室を見ていたら、品位はあるように見えます。
国民である私たちが品位を落とすことなく、簡単に異性狩りはしないようにした方がいいですね。でないと、今も少子化といっていますが、子供はますます生まれなくなり、生まれてもひ弱だったり、自己中だったりして、先細りの社会になってしまいます。

どこの国であれ、私たちが真に憧れる素晴らしいロイヤル・ファミリーを築いてほしいですね。


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*モナコ公国現在と過去の家系は下記参照してください
モナコ公国グリマルディ家 現大公アルベール二世殿下とご一家
マティニョン=グリマルディ家


kuri-maの参考記事:
プリンセスたちの幸せへの道は?!英国「世紀の結婚式」に思う
New「花嫁逃亡」報道は誤報か?!アルベール公挙式、モナコ【動画とニュース】




2011年05月26日

詩「死者にことばをあてがえ」作家・辺見庸「瓦礫の中から言葉を?!」2


金、銀、パール、プレゼント。
 


悲しみをもっと深めていく。
絶望をもう一段深めていく。
自分の魂、自分の悲しみの
質に合った言葉を探して、
それを一連なりの表現にしていく、
それが絶望から這い上がる
糸口になるのではないか。

我々は、新しい内面をこしらえる必要がある。
それが希望ではないかと
僕は思っているわけであります。


辺見庸


昨日、全文を記載した辺見庸さんの言葉には共感する内容も多かったです。ほとんど私の思いを代弁しているといってもいいくらいですが、もう少しわかりやすく、私の言葉でまとめてみたいと思います。

震災で破壊されたものは、いずれ元に戻るというが、それは違う、彼の予感として、そんな時限の犠牲ではなかったとも言われています。
私もそう思います。私たちの大きな転換点であって、(一昨日の記事の言葉であれば)「戦後」と同じくらい大きな変化である「震災後」をすでに出発している私たちなのですから。
逆に変わらなくてはいけないのでしょう。震災前から感じてはいても、変えるに変えられなかった殻を、震災が壊してくれました。

「震災で崩れたバベルの塔」とは何かというお話を以前しました。こちら
嘘や虚栄のため、私たちが本当に求めている愛やまごころや、幸せというものではなく、一時的に満足するドラッグ的な、即席の娯楽や快楽、外見主義の中身のないものたち…。見た目はよく、みんな飛びついていたもの。
辺見氏は「金儲け」「投資」というような言葉でいっていますが、そういう儲け主義的なものは、結局は何にもならないし、後にはひけなく更に高みを目指していた「巨大なバベルの塔」がきっと震災で崩壊したのだと、私も信じたいのです。

「バベルの塔」とは、もともと聖書の中に出て来るものです。神や祖先の意向に逆らって建てられていた巨大な塔だったのですが、神が言語を混乱させて、その人たちは世界に散ってしまい、未完成で終わってしまいました。悪なる企ては最後まで実現しないということでしょうか。

震災前は、善いことを大声で叫んでも、バカにされる風潮があったと確かに思います。本当は、心の内には、優しい心を持っていても、何かしたいと思っても、できないみたいなものがありました。
よくないな、だめだとわかっていることも、やめられませんでした。
『節電』といくら呼びかけても、空しい呼びかけに終わっていたのが、社会全体から変わったのは確かです。

作家である辺見氏が、「元に戻ることはない」と予感することは確かだと思うのです。
経験してしまったものは、どうしても消すことはできません。

また、多くの犠牲者は、たとえ皆きれいに葬られたとしても、肉体はなくなったとしても、その魂は残っています。犠牲者がそのまま消えうせはしません。
私たちは、その犠牲者ひとりひとりの思いを浮かばせてあげなければならないのでしょう。簡単に風化することではありません。

下に掲載する辺見氏の詩も、犠牲者のひとりひとりの、空しい思い、そういうものを掬い上げて、花を手向ける、ただ形だけの供養ではなく、犠牲者の思いを言葉にして、それを代わりに実現するというような思いに満ちています。簡単なことではないけれど、それが残された私たちの使命なのでしょう。

あの津波の恐ろしい威力の前では、生きていることが当たり前ではない、死ぬことの方が当たり前にも思える状況だったと言われています。その中から生き残ったのは、被災者だけでなく、私たち全てなんでしょう。

私などは、被災地に個人的なつながりはほとんどなかったので、痛みはないだろうと言われればそれまでなのですが、これは被災地の問題ではなく、日本全体の痛みであり、悲しみです。そして大変革されて変わっていかなければならない、今の時なのでしょう。

すべてが枯死した中から蘇る"辛卯(かのとう・しんぼう)"の年である今年、前半を乗り切ったならば、復興への足がかりはつかめるでしょう。でも、あくまでも辺見氏の言う「内面」を作っていかなければならないと思うのです。
最近、つくづく痛みを忘れてはいけないと感じています。

犠牲になった方たちはどうしたら、成仏されるのでしょうか。そういうお話もまたしていきたいと思います。


「死者にことばをあてがえ」

わたしの死者ひとりびとりの肺に
ことなる それだけの歌をあてがえ
死者の唇ひとつひとつに
他とことなる
それだけしかないことばを吸わせよ
類化しない 統(す)べない
かれやかのじょだけのことばを
百年かけて
海とその影から掬(すく)え
砂いっぱいの死者に
どうかことばをあてがえ
水いっぱいの死者は
それまでどうか眠りにおちるな
石いっぱいの死者は
それまでどうか語れ
夜更けの浜辺にあおむいて
わたしの死者よ
どうかひとりでうたえ
浜菊はまだ咲くな
畦唐菜(アゼトウナ)はまだ悼むな
わたしの死者
ひとりびとりの肺に
ことなる
それだけの
ふさわしいことばが
あてがわれるまで


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