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2011年05月31日

本物は残る?!「震災後日本」の伝統工芸、物つくりの方向性とは


一葉。
 



手間をかけたものは、当然質があがる。
見えるところだけを取り繕っていても、
そのうちメッキははげる。
みえないところからつみあげている手間は、
どんな負荷やショックをあたえられても、
本質がこわれないので、
体力をもっているのです。




昨日は音楽のお話をしましたが、今日は日本の伝統工芸、職人技についてです。「匠」という言葉がテレビ等で安易に使われるようになりましたが、隠れた「匠」は日本中におられることでしょう。
匠は「巧み」に通じます。そういう技術人から人へと伝わって来たもの、今若い世代へと受け継がれようとしている、そのことだけでも感動的です。

日本の匠とは、美しくシンプル、
そしてプリミティブであること。
美しい驚きは
人生の喜びであると
僕は日々考えていますが、
良い驚きは
ひとを幸せな気持ちにしてくれる。


上の記事は「能作」という伝統工芸を極めた会社の紹介です。会社と展示会のPR記事なのですが、内容がよいので、ほぼ全文を下に掲載することにします。

■美しい驚きは人生の喜び

 能作は、物作りに対する姿勢はもちろんのこと、次の世代に対して伝統工芸の匠の技を継承する姿勢がすばらしい。
伝統は革新であり、革新こそが伝統。この言葉をよく職人さんたちと話しますが、能作のやっていることはまさに伝統を活かしつつもモダンなデザインを発信するそれです。
 たとえば、彼等が作り出す風鈴。見た目からおしゃれなのはわかってもらえるかとおもいますが、実は音色までデザインされている。その企画力と発想力、さらには具現化する力、つまりブランド力に秘密がある。そこには日本人特有の極めるという概念が垣間見られるのです。

 そもそも日本の匠とは、美しくシンプル、そしてプリミティブであること。美しい驚きは人生の喜びであると僕は日々考えていますが、良い驚きはひとを幸せな気持ちにしてくれる。能作が生み出すものや人は、まさにそれ。人から人へ渡ることで人の喜びを生み、連鎖を生む。そこには楽しい会話があり人とのコミュニケーションがある。ものに留まるだけではなく、そこから無限の力を発揮してくれる。

■なぜ今能作なのか?

 もちろん震災が起こったことによって多くの人々がいろいろなことを考えさせられたと思います。しかし、それ以前から我々日本人は、日本の風土や国土、文化についてあらためて考える節目なのかもしれません。本来日本は、資源の少ない国。一方で、技や人が生み出せるもので立国してきた国ともいえます。デザイン力、企画力、知恵をブランド化することにおいて優れている。そのなかで職人はペルソナになれる存在です。そんな素晴らしい職人たちを多くかかえ、育てている能作はある意味、日本の物作りの方向性を指し示している。自動車や家電などはその延長上にあるといってもいいのではないでしょうか?最先端の技術は、匠の世界の集成体そのものなのです。主張するばかりではなく、受け入れて協調することに長けている民族なのですから、異なるものを調和させながら生きていく技術、これこそが日本がこれから先、強めるべき点ではないでしょうか?単に工業品にとどまらない工芸品を生み出す、美意識を伴ったものづくりこそが今、立ち戻る原点かもしれませんね。

■能作展を通じて伝えたい本物とは?

 今回の展覧会では、物作りをしている日本人について知ってほしい、そして職人の美意識を観て感じてほしい。さらに、良いものはなぜ高いのか、その裏付けとなるものかもしれません。本物ってなんなの?ということをわかりやすく GYREを訪れた人に感じてもらえればうれしいですね。

 そもそも、手間をかけたものは、当然質があがる。見えるところだけを取り繕っていても、そのうちメッキははげる。みえないところからつみあげている手間は、どんな負荷やショックをあたえられても、本質がこわれないので、体力をもっているのです。手間をかけることの重要性をわかりやすくしたのが、能作展だと思っています。だれがみても、それがたとえ子供であろうと外国人であろうと、観てわかりやすいってことが大事。つまり、誰からみてもわかりやすいということは、若い世代からの視点とおなじだと思うんです。日本人としての明確な答えが今ないなかで、我々日本人はこれから何を大切にすべきか、その点において多少なりとも感じてもらえるモノがあればいいかな。

■空間は記憶に残る

 人間は常に、今自分がどこにいるのか現状確認をする生き物です。今回、展覧会のスタートと同じくしてGYRE館内の中央吹き抜け部分のモビールインスタレーションも能作の製品をつかって8月中旬まで行います。能作と出会い、音と出会い、空間に包み込まれる。この空間がこうやってうまれたというレシピを、体感してほしい。この風鈴をつくってくれたひとはこういうひとなんですということを伝えることによって、より多くのことを来た人がそれぞれに想いを馳せてくれるといいですね。自分が出会った情報を体験することでその感覚は、期待から印象へ、そして記憶へと還元されていきます。今回の展覧会では記憶に残すための方法として、普段と違う風を感じ、音を観てほしい。
谷川じゅんじ氏


風鈴などの作品が見れます
能作NOUSAKU


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2011年05月30日

音楽の「恩(音?)送り」で世界を包もう?!付録「ハンガリー舞曲1番」


流れてるメロディ♪


音を楽しむのが、音楽です。
「音が苦」にはならないように(笑)。

Musicの語源はギリシャ語の芸術の女神Muses(ミューズ)だとか。
 

昨日、よい音楽に触れる機会がありました。音楽というのは、言葉の壁を越えて、ダイレクトにメッセージを伝えることのできる素晴らしいものですね。
聴くだけでパワーをもらい、癒され、リフレッシュされた気分でした。

指揮をされていた栗田博文さんという方が、「縁」について話されていました。音楽を聴きにいって縁のお話をきくなんて…。
話は作曲家、シューマンに見出されたブラームスの話。そして、ブラームスは後年ドボルザークを見出していきます。

よい引き立てがあって、苦労続きの音楽生活から活路を見出された、その感謝の思いが、若い音楽家たちに同じように道を開いてあげるそんな生き方につながったのでしょう。

これが、「恩送り」というものです。自分の受けた恩は、その恩人に返せば恩返しになりますが、それができない時でも、感謝の思いで別の人や、社会に尽くすことはできます。こうしていけば、エンドレスで、感謝の思いが、世界中を回っていくはずですね。

音楽、芸術というものは万民共通に人に感動を与えることができます。
音楽の力はとても大きいですね。

だからこそ、本物がいい、と私は思います。
無名の方の演奏であっても心を打つことがあります。逆に、上手くてもあまり楽しくなかったり、中には聞くんじゃなかったというものもあったりするでしょう。

音楽は、その字のごとく、音を楽しむものであり、音によって苦痛を与えるものであってはいけないでしょう。
破壊的な音楽や芸術も、音楽や芸術として一時的に認められることもあるかもしれませんが、その創り出す人の心の動機はとても重要だと思いますね。個性を追求し自分を表現しようとするあまり、動機が美しくなくなれば、一応芸術と呼ばれたとしても、真の芸術ではないなぁと思うのです。

クラッシックだけが音楽ではもちろんないですし、よい音楽は日々誰かの手によって奏でられ、新しく創られてもいると思うのですが、クラッシックがなぜよいのか、昨日発見しました。
自己主張がないからでしょう。同じ楽譜であっても、個性は出せます。しかし、我(が)というものでなく、既存の素晴らしい音楽に触れた喜びを、そのまま演奏に注いでいかれるんですね、過去の作曲家や演奏家たちの魂も宿るんでしょうね、だから、よけいに感動を生むのだと思いました。

一個人ではその日の気分が悪かったり、それほどいい動機でない時があったとしても、音楽自体の力が、その人を媒介に働くので、きっと演奏する時は無心になれる人が多いのではないでしょうか。

そういう意味でいえば、クラッシックには限らず、歌謡曲や、童謡や、鼻歌でも…、音楽に乗せて、よい気分を、優しさや愛情や、楽しさを伝えることができるでしょう。それが、回り回って、地球を包むことも可能です。

よい音楽に触れたなら、その感動を、「恩送り」していくのです。

悲しい歌も、人の心を揺さぶります。世界の中のたった一人が悲しんでいても、人間の心には伝わります。残念なことに、世界中で悲しいこと痛ましいことは、数限りなく起こっています。そんな痛みがわかるからこそ、また一方で、悲しみ苦しみを越えていく希望の音楽も多く生まれてくるんでしょう。
感動を生む音楽は、世界制覇は簡単です。感動が感動を呼び、皆が伝えていくからでしょう。愛される音楽は今や簡単にダウンロードされ、世界中で聞くことができますから。ダウンロードが無理ならアカペラでも伝わりますし。

一方で、世界の中で感動的な音楽に触れる機会が一度もない人たちがいるかと思うと、一度でも聞かせてあげたいですし、被災地などでこういうコンサートがあれば、どれほど心が癒されるかと思うのです。

音楽に感謝して、「おんおくり」しま〜す。よけいなお世話と思う方は聞き流してくださり、受け留めれる方は、福を受けるでしょう(?)。

昨日聴いた曲の中から、短めの曲ということで、アンコール曲をUPしますね。お聴きください。(昨日の演奏というわけではありませんが)


イケメン(?)女性指揮者・西本智実さんの「ハンガリー舞曲1番」


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私が昨日行ったコンサートはこちら→みどり会 演奏会
学校から来たチラシで申し込んで、無料でしたるんるん



posted by kuri-ma at 05:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ♪音楽のつばさ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月29日

「詩」で「死」を表現する?!「繭と墓」金子みすゞ詩の世界20


快晴で快青とはいかず。
 

魂の羽根を持つことは
純粋に愛するということです。
単純に笑うということです。
そして、素直に信じることです。


 

繭と墓

蚕は繭に
はいります、
きゅうくつそうな
あの繭に。

けれど蚕は
うれしかろ、
蝶々になって
飛べるのよ。

人はお墓へ
はいります、

暗いさみしい
あの墓へ。

そしていい子は
はねが生え、
天使になって
飛べるのよ。


金子みすゞ


ڿڰۣ−


亡くなった魂について、書かなければならないとずっと思っていました。(震災以後特に。)
私たちが亡くなると、どうなってしまうのか。それで終わりなのか、それともまだ、あの世というものがあるのかということなどを。

あの世はあるのですが、この金子みすゞという詩人の感性は、まるで見たもののように、魂のことをこのような詩に昇華させました。
毛虫がマユになり、いずれ蝶々になって空を飛べるというのです。おんなじように、清い魂は、天使の羽が生えたように、空を飛べるのだというのです。

「はらぺこあおむし」(*)という子どもの好きな絵本があります。
小さな腹ペコ青虫は、いろんなものを食べてどんどん大きくなります。(その途中で食べ過ぎてお腹が痛くなって泣いてしまったりして…)
やがて、青虫はさなぎとなり、そしてきれいな蝶になって、その羽根を広げて見せて、子どもたちは「わ〜っ!」と歓声をあげ、絵本はおしまいです。

人間も、この世で虫のように、動き回って、食べまわって、喜んだり泣いたりしているのですが、ある時、蝶になる日を迎えるのです。
それが「死」というものでしょう。

「空を飛びたい」という願望を太古の昔から持ち続けてきて、また夢では大空を飛んだりしてきた人間…。
どちらも、実際に人間が空を飛べるからなのです。
人間は魂の世界=あの世では自由に羽が生えたように空を飛べるから、それを夢見続けて来たのではないでしょうか。

ただし、飛べるのは清い魂、ということになるのですが…。
清い魂とは、傷も汚れもないということです。どんな状況、どんな相手に対しても変わらず、受け入れ愛せるということです。高度なことではあるのですが、“魂チェック”をしながら、自分をいつ死んでもいい状態にまで、もっていくのが、私たちの人生での最高の魂のお手入れということになりますか。

羽根を持つというのは自由にどこにでも行けるということです。好き勝手ということでなく、人間が最終的に行きたい所というのは、愛する人のいるところでしょう。

自分だけを愛していると、このような羽根を持てません。微弱な羽根では重い石のような魂の体を舞い上がらせることはできません。

幼い子どもが清いというのは、愛情は未成熟であるかもしれませんが、親に対する思いは、盲目的なくらいに強く、必死に純粋に慕うからではないでしょうか。
子供は未成熟で、わがままな自己中ですし、私も我が子を「怪獣」と呼ぶくらいですが、その存在だけで、どんな立派な人が、愛し尽くし苦労を積み重ねたものよりも、効果を発揮したりします。子どもの無邪気な笑顔で、人の心が一度にほぐれたりするでしょう。多くの人を慰労します。
一つの天才的な「愛」を持っているともいえるでしょう。

「愛」を呼吸するという、また「愛」が翼になるというあの世。
子どものような素直さ純粋さというものも一つの宝なんですね。子どもの疑うことのない愛というものは、貴重です。いつのまにか純粋さをなくし、愛憎や不倫の愛となれば逆に魂を傷つけます。

私たち大人は、子どもの真似はできないのですが、純粋さ、単純さも見習う必要があるかもしれません。彼らは笑う秘訣を知っていますから。

羽根を持つことは純粋に愛するということです。単純に笑うということです。そして、素直に信じることです。

それが蝶のように、あの世で自由に過ごせる秘訣だということです。

信じますか?どうぞ、信じてください。損はありません。

亡くなった魂について、また私たちはどうしたらいいかということ、追々お話していきたいと思います。
今日も笑顔と挨拶を。

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はらぺこあおむし(原題:The Very Hungry Caterpillar)はアメリカの絵本作家エリック・カールの作品
  参照:はらぺこあおむし - Wikipedia



朗読は大根ですが、アニメーションが素晴らしい



↑この通常版の他に、大型や小型の絵本もあります。
もちろん英語版も。
また、お話に合わせたギターの歌も発売されていて、
子供たちはそれに合わせて歌いながら絵本を読みます



posted by kuri-ma at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 金子みすゞの詩の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする