さあ夢を叶えましょう

無料カウンセリング
を募っています。詳しくはこちら
まずは記事にコメントをお寄せくださるか
あるいは→のファンより
メッセージをお寄せください
お待ちしています

2010年11月30日

延坪島砲撃で考える「クロッシング」?!隔てられ引き裂かれた二つの国


20100423_1112892クロッシング.jpg


延坪島砲撃が世界に大きな衝撃を与えました。
北朝鮮はただ武力を顕すために、威嚇攻撃を仕掛けたのでしょうか。

先日の記事で朝鮮半島に厳然としてある38度線という国境は、
生死を分けるボーダーだと述べました。→こちら

北にいる人たちは、あまりの貧しさにこのままだと死んでしまうと、
命懸けの脱北を試みます。(38度線ではなく中国側からですが)

どこの国にも苦しい現状はあるといっても、ここまで人を死に追いやる国
というのは、正常ではありません。核を保有したり、砲撃したりする状況
ではないはずですが、軍備で虚勢を張るしかないのでしょうか。

フランス革命で処刑されたマリー・アントワネットが、民衆がパンがない
と暴動を起こしていると聞き、「じゃあ、なぜケーキを食べないの?」と言ったという逸話は本当かはわかりませんが、似たようなことが北朝鮮でもあるのかも。
きっと、北朝鮮のトップはルーマニアのチャウシェスクのように惨殺されることを恐れているのかもしれません。

ベルリンの壁が崩壊した時も、実は西ドイツ側が東ドイツを受け入れる姿勢を示し続け、解放しても安心だというものがあったから解放されたのです。
トップが粛清されるという恐怖があれば、解放されなかったのです。

韓半島の統一というのはそういう包容力がなければできないでしょう。
北の貧弱な群れを全て引き受ける、そして北朝鮮のトップにいる人たちの安全が保証されない限り、この無謀な独裁政治は続くと思うのです。

映画「クロッシング」は、脱北者の悲劇を描いた韓国映画です。




中国との国境に近い北朝鮮のとある寒村で、親子三人で暮らすヨンスは、
肺結核にかかった妻の薬を求め、命がけで中国へ渡る。
しかし、脱北の罪で追われる身となり、
北朝鮮に戻ることができなくなってしまったばかりか、
他の脱北者たちとともに韓国に亡命することになる。
その間に病状が悪化した妻はとうとうかえらぬ人に。
一人残された11歳の息子・ジュニは、
父を探しに、あてのない旅に出るのだが…。

クロッシング - goo 映画


この映画の主人公は妻の結核の薬を手に入れるために脱北したのですが、
その薬は保健所で無料で配られると聞いて愕然とします。

食べ物も薬もない国。自由に居住地から旅行する自由すらない中で、
多くの人はこの国に閉じ込められています。

脱北できたとしても、家族が共に過ごせるためには、
また命懸けの関門をくぐらなければなりません。無情なこれでもか、
というくらいかわいそうな、しかし現実を描いた映画だと思います。

「神様はなぜ北朝鮮をほっておかれるんですか!」
という主人公の叫びが耳に残ります。

北朝鮮の状況がもうそんなに長く続くはずがないと私は信じたいです。
そのいつか来る明日の境目というのは、誰にもわかりませんが、
それが終わってしまえば、あっけなく北の人も自由になれるのです。

祈ることしかできませんが…。祈りは大きいと思います。
無関心にだけはならないようにしたいと思うのです。

この映画のコメントから一部紹介します
クロッシングは、北朝鮮の人々がこの10数年、どのように生きて
死んでいったのかを、詳細に見事に描き切った。
日本に住む者が、隣人の未曾有の苦難と悲しみを知る上で、
現在、最も良質な作品である。

(石丸治郎、ジャーナリスト・アジアプレス)

どんなに涙が流れても、目をそむけないでみてほしい。
ルワンダでも、スーダンでも、コートジボアールでも、
私は、こういう子ども達を見てきた。
誰のせいにもしないで、大人を信じて、必死に生きようとする子ども達!
世界中から、こういう風に生きる子どもが、いなくなりますように。

(黒柳徹子、女優・ユニセフ親善大使)


アフリカの国々の比ではありません。最も近い国で、このような悲惨な
状況があるということを、心にとめていきたいです。

クロッシング.jpg
写真は親子がサッカーをしている幸せな頃の回想シーン


今日もいい一日を!
よろしかったらクリックを
にほんブログ村 ニュースブログ その他ニュースへ
にほんブログ村



参考サイト:映画『クロッシング』オフィシャルサイト


【kukri-maの参考記事】延坪島砲撃!朝鮮半島はいつなぜ分断され、いつそれが解けるのか…?!





2010年11月29日

〜尾崎豊生誕45周年に寄せて〜「永遠の胸」には何が残る?!尾崎豊の求めていたもの4


1067688夕焼け.jpg


「永遠の胸」は、尾崎豊の心の軌跡を描いた、集大成のような曲です。
生誕の日にふさわしいかと思い、紹介します。
真実を求めることを、彼はずっとあきらめていませんでした。

何処へ行くのか。
何故生まれてきたのか。
信じてほしい。
僕はいつでもここにいるから。




冒頭に寂しさの意味、見つかるだろうか 孤独を背負いながら生きていく、とありますが、
尾崎が見つけたいのは、幸せの意味、生まれてきたことの意味、偽りなき愛と真実…なのです。

やはり探し続けながら、人生を終えたんだろうなと思うのです。
だから今もそこに留まって探し続けているのです。
いつまでも、探し続けるというのが、本物の姿だと思うのです。
時に見えたような気がする、手が届きそうな気がする。
信じたい、しかし、現実の前に打ちのめされそうになって、だから彼はそこに立って伝え続けるのです。
信じ続けようと。

尾崎豊 - 永遠の胸

一人きりの寂しさの意味を 抱きしめて暮らし続ける日々よ
見つかるだろうか 孤独を背負いながら生きていく
心汚れなき証示す道しるべが
色々な人との出会いがあり 心かよわせて戸惑いながら
本当の自分の姿を失いそうな時 君の中の僕だけがぼやけて見える
ありのままの姿はとてもちっぽけすぎて
心が凍り付く時君を また見失ってしまうから
人はただ悲しみの意味を 探し出すために生まれてきたというのか
確かめたい 偽りと真実を 裁くものがあるなら僕は
君の面影を強く抱えて 何時しか辿り着くその答えを
心安らかに探し続けていてもいい いつまでも

受け止める術のない愛がある 消し去ること出来ぬ傷もある
忘れないように 全ての思い出が与えてくれた
心の糧を頼りに生きることを
そこには様々な正義があり 幸せ求めて歩き続けている
欲望が心をもろく崩してゆきそうだ
人の心の愛を信じていたいけど

人の暮らしの幸せはとても小さすぎて
誰一人 心の掟を破ることなど出来ないから
今はただ幸せの意味を 守り続けるように君を抱きしめていたい
信じたい 偽りなき愛を 与えてくれるものがあるなら
この身も心も捧げよう それが愛それが欲望
それが全てを司るものの真実なのだから

断崖の絶壁に立つ様に夜空を見上げる
今にも吸い込まれてゆきそうな空に叫んでみるんだ

何処へ行くのか 大地に立ち尽くす僕は
何故生まれてきたの
生まれたことに意味があり 僕を求めるものがあるなら

伝えたい 僕が覚えた全てを 限り無く幸せを求めて来た全てを
分け合いたい 生きてゆくその全てを
心に宿るもののその姿を ありのままの僕の姿を
信じてほしい 受け止めてほしい
それが生きてゆくための愛なら 今 心こめて

僕はいつでもここにいるから 涙溢れて何も見えなくても
僕はいつでもここにいるから


彼の記事を用意していると、いつも重くなるという話をしましたが、本当に首が回らなくなるほど、肩が重くなるのです。

今回も、前の記事を挙げたその日に、記事にして欲しがっているような波動を感じて、曲を選んでいたら、私が知らなかったこの曲に行き着きました。
ああ、これだなと感じさせるものがありましたので、
今日記事にすることにして、用意しました。
それ以後は肩は重くありません。

私の記事は、尾崎豊のための祈りです。
こういうように紹介することを、喜んでくれているような気がします。

本当に不思議なのですが、生前、そんなに接点のなかった人との縁というものがこのブログを通じて生まれてきているようなのですが、彼はその一人です。

実は尾崎豊の奥さんの知り合いの知り合いを、私はよく知っています。
つまり無関係なのですが…(笑)。
彼が生前住んでいたアパート(マンション)と同じ所に住んでいた人も知っています。これもつまり無関係ということですが(笑)。

生きている時には、無関係だったわけですが、こうして今彼の音楽に触れてみると、不思議な近さを感じるのです。ただ単に私が尾崎豊の心のあり方を理解できる余裕ができただけかもしれませんが。

こういう多くの人に影響を与える人というのは、生きている間は、大きな責任があったと思います。使命というのでしょうか。
勝手な生き方をしたり、勝手に死んだりすれば、影響を受ける人が一人や二人ではないからです。
尾崎はそれをヒシヒシと感じたからこそ、真実を求め続けて、みなを引っ張っていこうとしたんでしょうね。自分はずっと歌っているつもりだったのでしょう。

少なくともそれは既に叶っています。
新しい曲はないけれど、みなが繰り返し聴くことのできるものを残したんですから。

亡くなったらおしまいではありません。
こういう人は特に死んでから更に真価を評価される気がしますね。

生誕45周年、おめでとうございます。

今日もいい一日を!
よろしかったらクリックを!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村



posted by kuri-ma at 05:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 尾崎豊の求めていたもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月28日

延坪島砲撃!朝鮮半島はいつなぜ分断され、いつそれが解けるのか…?!


衝撃のニュースでした。写真特集記事↑
北朝鮮というのは、中国よりも更によくわからない国ですね。

小さいけれど、絶対独裁政治が続いていますし。
独裁というのは、旧ソ連時代の状況といい、カンボジアのポルポトといい、
キューバのカストロもいますが、恐ろしい状況を生みました。

私たちの国から遠くないところにある、朝鮮半島、
それなのによく知らないことが多すぎるようです。
拉致事件を通して、ようやく知り始めたのではないでしょうか。

そもそも、なぜ、いつ北朝鮮が生まれたかご存知でしょうか?
太平洋戦争中、日本が支配していた頃は一つの国だったはずです。

日本の敗戦で、統治から解放された朝鮮半島は、米ソの利権のからみもあって、二つの国が独立することになりました。
その前身は1946年にすでにありましたが、北朝鮮は、1948年9月9日に正式に朝鮮民主主義人民共和国を成立させました。国名に「民主主義」と入っているのは、何かの冗談でしょうか。そうではなく偽善でしょうか。
大韓民国は同年8月15日にすでに成立しいました。この二つの国の分断は、つまりは米ソの対立によってできたともいえます。イデオロギーの対立です。

そして1950年の朝鮮戦争(朝鮮動乱)に結びつきます。
この時も、北朝鮮からの宣戦布告なしの奇襲攻撃が発端となりました。
今回の、延坪島砲撃も、北朝鮮から行われ、その非を認めていません。

何か朝鮮戦争を髣髴させるものがあると思えてしまうのは気のせいでしょうか。

朝鮮戦争は、小さな韓半島を巡って、全世界の多くの国が援軍を送ったりして、国際的な紛争となりました。
今回の砲撃も、今はひとまず収まっているようですが、一挙手一投足を全世界が注目している気がします。

なぜ、今、こんなことを?!と理解に苦しむことですが、
一説によれば、金正日の三男で後継者のまだ27歳の正恩(ジョンウン)への権力の世襲を確立するためだとも言われています。

彼らは事前に視察に行っているとの情報もあり、計画的だったと考えられるでしょう。
やっぱり本当に恐ろしい国です。

被害者を初めとして、標的にされた延坪島の人たちは災難でした。
どんなに恐ろしかったことでしょう。

しかし、私は北朝鮮に住む人たちは、比較にならないほどかわいそうだと思うのです。独裁政権下で甘い汁を吸えるのは一握りで、ほとんどが極貧の生活だと言います。

北朝鮮と韓国を分断している38度線は、国を分けるボーダーというだけでなく、絶対に生きては越えることのできない遮断された境界線となっています。
生と死を分けていると言っても過言ではありません。

考え方の違いは生死を分けるのですが、それではどうしたら変えられるのでしょうか?

その辺りの内容は、また次回に。(→延坪島砲撃で考える「クロッシング」?!隔てられ引き裂かれた二つの国

20100423_1112887クロッシング.jpg


今日もいい一日を!
よろしかったらくりっくを
にほんブログ村 ニュースブログ その他ニュースへ
にほんブログ村