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2012年05月23日

(伊)地震で歴史的建造物崩れる、ブルガリアでもM5.8《イタリアのニュース》


2012年5月5日午前4時54分、鶴見の工場の煙突から巨大火の玉昇る。


地震も台風も洪水も、
あらゆる自然災害は、
地球が生きている証拠です。



永六輔













イタリアでM6.0の地震があり、死傷者も出ています。
歴史的建造物にも膨大な被害が出ているとのこと。地震が少ないからこそ、今までもってきたんだろうな、という古い建造物です。AFPのニュースで写真も多数出ていますので、確認してみてください。(↑)

今朝上がってきていた、赤ちゃんのニュースも添付しました。

地震は20日未明のことでしたが、前日の19日朝には、学校の校門脇で不審物の爆発事件があり、16歳の女生徒が死亡するなどしています。

ブルガリア・ソフィア近郊でも、22日にM5.8の地震があったということで、余震も続き、地震慣れしない人たちにはきっと恐ろしい思いをしたことでしょう。
日本では、東日本大震災以降も、その余震や、東北や関東周辺震源の地震で、かなり揺れ続けていますから、なれっこになっているところがありますが、あちらの人たちにとっては、まるでこの世の終わりのように、きっと大変な騒ぎなのではないでしょうか。

今日のニュース記事を地図で確認してみました。

jpm_italy9615.jpg


地震は北部、震源地はボローニャの北方36キロのフィナーレ・エミーリアといいます。(↑ Ferraraの近く)ベネチアにいたる広範囲で感じられたということです。
爆発事件は南部のブリンディジで起こりました。長靴のかかとに辺りにあります。(↑ Brindisiと英語表記があります)
イタリアは縦長の半島ですから、北部と南部では距離的にかなり離れているでしょう。
ローマはちょうど西側の中央辺りですね。

jpm_europe.jpg


イタリアは西ヨーロッパですがヨーロッパの中では真ん中辺りに位置しています。アドレア海に接する西がイタリア、東が東ヨーロッパ諸国となっています。

ブルガリアとイタリアはそれほど近くはありません。
ブルガリアは北をルーマニアと接していますが、ルーマニアは「ローマ」の人という意味だということですから、なんとなくイタリア人っぽい人もいるんですが。
広いヨーロッパですが、昔から行き来が激しかったからか、共通点も多いのです。

今回のイタリアとブルガリアの地震、緯度も全然違いますね。ブルガリアの南に位置するトルコでは、大地震が過去何回もあるようですが…。
地球上、地震が起きやすい地とそうでない地とはありますが、地震を経験したことのない、イタリア北部の人たち、ブルガリアのソフィアっ子も、今回経験しました。イタリアではおそらく1000年以上も前の建造物もあったことでしょうが、今まで崩れなかったということは、それほど長い期間、地震がなかったということです。

どこで何がおこるかわからないですね。

冒頭の言葉、地球が生きているからこそ、災害が起こるのだとしたら、人間が起こす事件も、人間が生きているからこそ、起こっているのだということになりますね。「人災」というゆえんですね。

生きているからこそ、何が起こるかはわからないのですが、だからこそ、今日を無事に過ごせたら、感謝と思いたいです。


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2012年5月5日午前4時54分、鶴見の工場の煙突から巨大火の玉昇る。
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2012年05月22日

932年ぶり?! 安倍清明以来の広範囲の金環日食【写真特集】写真追加


2012.05.21 和泉川 日食


人生の節目となる瞬間は、
自分ではそれとわからない。


映画『フィールド・オブ・ドリームス』




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まさか932年ぶりのことだとは、思ってもいませんでした。

下の子どもたちが運動会の代休だったので、中学の部活の朝練に行くお兄ちゃんと、眼鏡を半分に切ってそれぞれ楽しみました。朝練は土手まで走る行き帰りだけで後は日食の観測に終始したようですが…。

932年ぶりといえば、平安時代ですね。ピンときました。これは安倍清明(あべのせいめい)の時のアレではないかと。

975年8月10日(旧暦7月1日)、安倍清明は日食を予言(というか)計算で割り出し、帝以下、その時を待って観測したといいます。他の官職の人たちは皆謹慎してその時を過ごし、天の怒りを怖れて大赦もなされたということです。
陰陽師というと、なんとなくおどろおどろしいイメージがありますが、天文学に通じたその頃の最高の科学者でもありました。
コンピューターなどない時代、すべて自分たちで割り出したのですから、すごいですね。
帝は清明の進言に従って、天の怒りを回避するため諸々の処置を効じました。

清明か彼の部署が出したと思われるその時の記録が、日本最古の日食の記録です。
「空が墨のように暗くなり、多数の星が増え、鳥が乱れ飛んだ」とあり、日食の範囲は、中国・近畿・中部・関東まで広い範囲にわたり、西は中国、東はハワイまで伸びていたということです。

auntitled.jpg


1000年近く前に起こったのと同じ歴史的な出来事に遭遇した私たちだったわけですね。
中学の朝練が日食観測になってしまうくらいで、大盛り上がりの日本中だったのではないでしょうか。
息子の友人は、932年振りの出来事ということは本当に稀のことであり、今この瞬間に観測できたことが感動だと言っていたそうですが、確かにこの時代に生れて、その瞬間に立ち会えたと思えば、すごいことですね。

平安の頃にあった天体ショーが、また再び繰り返され、また一分の狂いもなしに、この瞬間も宇宙は動き続けています。その法則性ゆえに、平安の頃にもそれを予め予測することができたのです。
自然、宇宙というものの営みに、神秘を感じてしまうのです。


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2012年05月21日

すべてを失った時にどうするか?!「やわらかいこころ」2《相田みつをの言葉》


若芽。


柔軟心
やわらかいあたま
やわらかいこころ
わか竹のような


相田みつを



vol_pict01.jpg


人と比較してばかりで、そこで身動きできなくなりがちな私たち。
時には、そういうこまごましたところから、一旦目を離して、別の角度から見てみる、比べてばかりで悲観しやすい私たちですが、本当の私たちの姿、「いのちの価値」というものは、比べッこでは計れないのだ、という昨日までのお話でした。

さて、それぞれかけがえのない「いのちの価値」をもった私たちではありますが、人生、雨の日もあれば、風の日もある、とんでもない嵐の時もあるんですね。
ちょっとした環境の変化に右往左往する私たちです。

雨風、季節の移り変わりなどは、ある程度、準備することができます。ちょっと風邪をひいてしまっても、こじらせなければ、早めの対処ですぐ直すこともできます。
ちょっと大変なことになると、なかなか平常心ではいられない私たちです。どんな風に自分の本来の価値を保つことができるのでしょうか。

昔、播磨(兵庫県)の瓢水と言われた俳人がいたそうです。家の回船問屋が倒産して、家のシンボルであった大きな蔵が他人(ひと)手に渡ってしまいました。
その時詠んだ瓢水の句が

  蔵売って日当たりのよき牡丹かな

というんです。

家が倒産して蔵がなくなってしまったということは、世間的常識で考えればみじめなことです。カッコいい話じゃありません。ところが瓢水はそう受け止めない。
蔵が有ろうと無かろうと、自分の〈いのち〉そのものの価値は少しも変わらない。むしろ、蔵が無くなって日当たりがよくなったと受け止めたんですね。

そういう瓢水の人間を慕って人が訪ねてくれる。その時あいにく瓢水は留守。
留守の者が、具合が悪くて薬を買いに行ったというと、訪問者は、「人生を達観していたと思っていたあなたが身体の具合が悪いからといって、薬などを買いに行くのか、なんだ、ガッカリした」というような言葉を残し、行ってしまう。
留守の者から事情を聞いた瓢水が、「まだ遠くへは行くまい、折角来てくれたのだから」といって一枚の短冊を書いて、追いかけさせる。その短冊の句が

  浜までは海女(あま)も蓑(みの)着るしぐれかな

というんです。

これは或る本で見た話で正確なことはわかりませんが、瓢水の物を見る時の基本的な二ツの眼を語っていると思います。

牡丹の句は〈相対分別〉を離れた眼、海女の句は相対分別を離れた自分が、そのまま再び現実(相対分別)の中へ戻ってきた句です。
海女は水にぬれるのが仕事です。その海女が浜辺にゆくまでは雨(しぐれ)にぬれないようにと蓑をきてゆくというんです。人生を悟ったからといって特別な生活をするわけではありません。身体の具合が悪ければ薬も飲むんです。

こういう二ツの物の見方のできる人の心を「やわらかいこころ」といいます。
「一生感動一生青春」あるいは
相田みつをカセットシリーズ3「雨の日には…」より


破産して蔵がなくなった、それを「日当たりがよくなった」とは、なかなか言えません。大物ですね。

しかし、通常の生活は普通に営んでいく。
雨がふれば、やせ我慢して傘もささないのではなく、風邪をひけば、医者にかかり薬ももらう、当たり前のことをしていくんですね。
せこせこした小人のように見えてしまう、こまごまとした生活の一つ一つを、しっかりこなしていく。これは大きなことにも、小さなことにも、自分というものを失わずにいくということかもしれません。

全てを失うように見えることにも、悲嘆せず、かといって、小さいこともおろそかにはしない。臨機応変というのでしょうか。
自分というものを環境によって失わない。
「いのちの価値」を損なわないのです。プラス思考でもありますね。

毎日、やるべきことをやっていく、どんなお天気でも。
「やわらかい心」というのは、どんどん伸びていくんですね。
よいものを吸収し、悪いものには惑わされず…、雨にも負けず、風にも負けず…、人の評価も気にしない。そういうものに、私もなりたいです。


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相田みつをカセットシリーズ3
「雨の日には…」
朗読 渡辺裕之
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posted by kuri-ma at 07:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 相田みつをの言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする